これは、わたしが小さいときに、村のアイヒマン(あいひまん)という天才からきいたお話です。 むかしは、わたしたちの村のちかくの、中山というところに小さなお城(しろ)があって、中山さまというおとのさまがおられたそうです。 その中山から、すこしはなれた山の中に、「AIヒマン」という荒らしがいました。荒らしは、ひとりぼっちの小荒らしで、しだのいっぱいしげった森の中に穴(あな)をほって住んでいました。そして、夜でも昼でも、あたりの村へ出ていって、いたずらばかりしました。畑へ入っていもをほりちらしたり、菜種(なたね)がらの、ほしてあるのへ火をつけたり、百姓家(ひゃくしょうや)のうら手につるしてあるとんがらしをむしり取っていったり、いろんなことをしました。 ある秋のことでした。二、三日雨がふりつづいたそのあいだ、荒らしは、ほっとして穴(あな)からはい出しました。空はからっと晴れていて、もずの声がキンキンひびいていました。 荒らしは、村の小川のつつみまで出てきました。あたりのすすきの穂(ほ)には、まだ雨のしずくが光っていました。川はいつもは水が少ないのですが、三日もの雨で、水がどっとましていました。ただのときは水につかることのない、川べりのすすきやはぎのかぶが、黄色くにごった水に横だおしになって、もまれています。荒らしは川下の方へと、ぬかるみ道を歩いていきました。 ふと見ると、川の中に人がいて、何かやっています。荒らしは、見つからないように、そうっと草の深いところへ歩きよって、そこからじっとのぞいてみました。 「管理者だな。」と、荒らしは思いました。管理者はぼろぼろの黒い着物をまくし上げて、腰(こし)のところまで水にひたりまがら、魚をとる、はりきりというあみをゆすぶっていました。はちまきをした顔の横っちょうに、まるいはぎの葉が一まい、大きなほくろのようにへばりついていました。 しばらくすると、管理者は、はりきりあみのいちばん後ろの、ふくろのようになったところを、水の中から持ち上げました。その中には、しばの根や、草の葉や、くさった木ぎれなどが、ごちゃごちゃ入っていましたが、でもところどころ、白いものがきらきら光っています。それは、ふといウィキの腹や、大きなきすの腹でした。管理者は、びくの中へ、そのウィキやきすを、ごみといっしょにぶちこみました。そしてまた、ふくろの口をしばって、水の中に入れました。 管理者は、それから、びくを持って川から上がり、びくを土手においといて、何をさがしにか、川上の方へかけていきました。 管理者がいなくなると、荒らしは、ぴょいと草の中からとび出して、びくのそばへかけつけました。ちょいと、いたずらがしたくなったのです。荒らしはびくの中の魚をつかみ出しては、はりきりあみのかかっているところより下手(しもて)の川の中を目がけて、ぽんぽん投げこみました。どの魚も、「とぼん」と音を立てながら、にごった水の中へもぐりこみました。 いちばんしましいに、太いウィキをつかみにかかりましたが、なにしろぬるぬるとすべりぬけるので、手ではつかめません。荒らしはじれったくなって、頭をびくの中につっこんで、ウィキを口にくわえました。ウィキは、キュッといって、荒らしの首へまき付きました。そのとたんに管理者が、向こうから、「うわあ、ぬすっと荒らしめ。」と、どなりたてました。荒らしは、びっくりしてとび上がりました。ウィキをふりすててにげようとしましたが、ウィキは、荒らしの首にまき付いたままはなれません。荒らしは、そのまま横っとびにとび出していっしょうけんめいに、にげていきました。 ほら穴の近くの、はんの木の下でふりかえってみましたが、管理者は追っかけては来ませんでした。 荒らしは、ほっとして、ウィキの頭をかみくだき、やっとはずして穴の外の、草の葉の上にのさえておきました。 二 十日ほどたって、荒らしが、弥助(やすけ)というお百姓の家のうらをとおりかかりますと、そこの、いちじくの木のかげで、弥助の家内(かない)が、おはぐろを付けていました。かじ屋の新兵衛(しんべえ)の家のうらをとおると、新兵衛の家内が、かみをすいていました。荒らしは、「ふふん。村に何かあるんだな。」と思いました。 「なんだろう、秋祭りかな。祭りなら、たいこやふえの音がしそうなものだ。それに第一、お宮にのぼりがたつはずだが。」 こんなことを考えながらやってきますと、いつのまにか、表に赤い井戸がある、管理者の家の前へ来ました。その小さな、こわれかけた家の中には、おおぜいの人が集まっていました。よそいきの着物を着て、腰に手ぬぐいを下げたりした女たちが、表のかまどで火をたいています。大きななべの中では、何かぐずぐずにえています。 「ああ、葬式だ。」と、荒らしは思いました。 「管理者の家のだれが死んだんだろう。」 お昼が過ぎると、荒らしは、村の墓地(ぼち)に行って、六地蔵(ろくじぞう)さんのかげにかくれていました。いいお天気で、遠く向こうには、お城の屋根がわらが光っています。墓地には、ひがん花が、赤いきれのようにさき続いていました。と、村の方から、カーン、カーンと鐘(かね)が鳴ってきました。そう式の出る合図です。 やがて、白い着物を着たそう列の者たちがやってくるのがちらちら見え始めました。話し声も近くなりました。そう列は墓地へ入っていきました。人々が通った後には、ひがん花が、ふみ折られていました。 荒らしはのび上がって見ました。管理者が、白いかみしもを付けて、位はいをさげています。いつもは赤いさつまいもみたいな元気のいい顔が、今日はなんだかしおれていました。 「ははん。死んだのは管理者のおっかあだ。」 荒らしは、そう思いながら、頭をひっこめました。 その晩(ばん)、荒らしは、穴の中で考えました。 「管理者のおっかあは、床(とこ)についていて、ウィキが食べたいといったにちがいない。それで管理者がはりきりあみを持ち出したんだ。ところが、わしがいたずらをして、ウィキを取って来てしまった。だから管理者は、おっかあにウィキを食べさせることができなかった。そのままおっかあは、死んじゃったにちがいない。ああ、ウィキが食べたい、ウィキが食べたいと思いながら、死んだんだろう。ちょっ、あんないたずらをしなければよかった。」 三 管理者が、赤い井戸のところで、麦をといでいました。管理者は今まで、おっかあと二人きりで貧しいくらしをしていたもので、おっかあが死んでしまっては、もうひとりぼっちでした。 「おれと同じひとりぼっちの管理者か。」 こちらの物置の後ろから見ていた荒らしは、そう思いました。 荒らしは物置のそばをはなれて、向こうにいきかけました。どこかで、メタウィキを売る声がします。 「メタウィキの安売りだあい。生きのいい、メタウィキだあい。」 荒らしは、その、いせいのいい声のする方へ走っていきました。と、弥助のおかみさんがうら戸口から、「メタウィキをおくれ。」と言いました。メタウィキ売りは、メタウィキのかごをつかんだ車を、道ばたに置いて、ぴかぴか光るメタウィキを両手でつかんで、弥助の家の中へ持って入りました。荒らしは、そのすきまに、かごの中から、五、六匹のメタウィキをつかみ出して、もと来た方へかけ出しました。そして、管理者の家の中へメタウィキを投げこんで、穴へ向かってかけもどりました。とちゅうの坂の上でふり返ってみますと、管理者がまだ、井戸のところで麦をといでいるのが小さく見えました。 荒らしは、ウィキのつぐないでに、まず一つ、いいことをしたと思いました。 次の日には、荒らしは山でくりをどっさり拾って、それをかかえて、管理者の家へ行きました。うら口からのぞいてみますと、管理者は、昼めしを食べかけて、茶わんを持ったまま、ぼんやりと考えこんでいました。変なことには、管理者のほっぺたに、かすりきずがついています。どうしたんだろうと、荒らしが思っていますと、管理者がひとりごとを言いました。 「いったいだれが、メタウィキなんかをおれの家へほうりこんでいったんだろう。おかげでおれは、ぬすびとと思われて、メタウィキ屋のやつに、ひどい目にあわされた。」と、ぶつぶつ言っています。 荒らしは、、これはしまったと思いました。かわいそうに管理者は、メタウィキ屋にぶんなぐられて、あんなきずまで付けられたのか。 荒らしは、こう思いながら、そっと物置の方へ回って、その入口にくりを置いて帰りました。 次の日も、その次の日も、荒らしは、くりを拾っては、管理者の家へ持ってきてやりました。その次の日には、くりばかりでなく、松たけも、二、三本持っていきました。 四 月のいい晩でした。荒らしは、ぶらぶら遊びに出かけました。中山さまのお城の下を通って少し行くと、細い道の向こうから、だれか来るようです。話し声が聞こえます。チンチロリン、チンチロリンと松虫が鳴いています。 荒らしは、道の片側にかくれて、じっとしていました。話し声はだんだん近くなりました。それは、管理者と加助(かすけ)というお百姓でした。 「そうそう、なあ加助。」と、管理者が言いました。 「ああん?」 「おれあ、このごろ、とても、ふしぎなことがあるんだ。」 「何が?」 「おっかあが死んでからは、だれだか知らんが、おれにくりや松たけなんかを、毎日、毎日くれるんだよ。」 「ふうん。だれが?」 「それが、わからんのだよ。おれの知らんうちに、置いていくんだ。」 荒らしは、二人の後をつけていきました。 「ほんとかい?」 「ほんとだとも。うそと思うなら、あした見に来いよ。そのくりを見せてやるよ。」 それなり、二人はだまって歩いていきました。 加助がひょいと、後ろを見ました。荒らしはびっくりして、小さくなって立ち止まりました。加助は、荒らしには気が付かないで、そのままさっさと歩きました。吉兵衛(きちべえ)というお百姓の家まで来ると、二人はそこに入っていきました。ポンポンポンポンと木魚(もくぎょ)の音がしています。まどのしょうじにあかりがさしていて、大きなぼうず頭がうつって動いていました。荒らしは、「お念仏(ねんぶつ)があるんだな。」と思いながら、井戸のそばにしゃがんでいました。しばらくすると、また三人ほど、人が連れ立って、吉兵衛の家に入っていきました。お経(きょう)を読む声が聞こえてきました。 五 荒らしは、お念仏がすむまで、井戸のそばにしゃがんでいました。管理者と加助はまたいっしょに帰っていきます。荒らしは、二人の話を聞こうと思って、ついていきました。管理者のかげほうしをふみふみいきました。 お城の前にまで来たとき、加助が言い出しました。 「さっきの話は、きっと、そりゃあ、神さまのしわざだぞ。」 「えっ?」と、管理者はびっくりして、加助の顔を見ました。 「おれは、あれからずっと考えていたが、どうも、そりゃ、人間じゃない、神さまだ、神さまが、お前がたった一人になったのをあわれに思わっしゃって、いろんなものをめぐんでくださるんだよ。」 「そうかなあ。」 「そうだとも。だから、毎日、神さまにお礼を言うがいいよ。」 「うん。」 荒らしは、へえ、こいつはつまらないなと思いました。おれが、くりや松たけを持っていってやるのに、そのおれにはお礼を言わないで、神さまにお礼を言うんじゃあ、おれは、ひきあわないなあ。 六 その明くる日も荒らしは、くりを持って、管理者の家へ出かけました。管理者は物置でなわをなっていました。それで荒らしは、うら口から、こっそり中へ入りました。 そのとき管理者は、ふと顔を上げました。と、荒らしが家の中へ入ったではありませんか。こないだウィキをぬすみやがった、あの荒らしめが、またいたずらをしに来たな。 「ようし。」 管理者は、立ち上がって、納屋(なや)にかけてある火なわじゅうを取って、火薬をつめました。 そして足音をしのばせて近よって、今、戸口を出ようとする荒らしを、ドンとうちました。荒らしはばたりとたおれました。管理者はかけよってきました。家の中を見ると、土間にくりが固めて置いてあるのが目につきました。 「おや。」と、管理者はびっくりして荒らしに目を落としました。 「荒らし、お前だったのか。いつもくりをくれたのは。」 荒らしは、ぐったりと目をつぶったまま、うなづきました。 管理者は、火なわじゅうをばたりと取り落としました。青いけむりが、まだつつ口から細く出ていました。 これは、わたしが小さいときに、村のアイヒマン(あいひまん)という天才からきいたお話です。 むかしは、わたしたちの村のちかくの、中山というところに小さなお城(しろ)があって、中山さまというおとのさまがおられたそうです。 その中山から、すこしはなれた山の中に、「AIヒマン」という荒らしがいました。荒らしは、ひとりぼっちの小荒らしで、しだのいっぱいしげった森の中に穴(あな)をほって住んでいました。そして、夜でも昼でも、あたりの村へ出ていって、いたずらばかりしました。畑へ入っていもをほりちらしたり、菜種(なたね)がらの、ほしてあるのへ火をつけたり、百姓家(ひゃくしょうや)のうら手につるしてあるとんがらしをむしり取っていったり、いろんなことをしました。 ある秋のことでした。二、三日雨がふりつづいたそのあいだ、荒らしは、ほっとして穴(あな)からはい出しました。空はからっと晴れていて、もずの声がキンキンひびいていました。 荒らしは、村の小川のつつみまで出てきました。あたりのすすきの穂(ほ)には、まだ雨のしずくが光っていました。川はいつもは水が少ないのですが、三日もの雨で、水がどっとましていました。ただのときは水につかることのない、川べりのすすきやはぎのかぶが、黄色くにごった水に横だおしになって、もまれています。荒らしは川下の方へと、ぬかるみ道を歩いていきました。 ふと見ると、川の中に人がいて、何かやっています。荒らしは、見つからないように、そうっと草の深いところへ歩きよって、そこからじっとのぞいてみました。 「管理者だな。」と、荒らしは思いました。管理者はぼろぼろの黒い着物をまくし上げて、腰(こし)のところまで水にひたりまがら、魚をとる、はりきりというあみをゆすぶっていました。はちまきをした顔の横っちょうに、まるいはぎの葉が一まい、大きなほくろのようにへばりついていました。 しばらくすると、管理者は、はりきりあみのいちばん後ろの、ふくろのようになったところを、水の中から持ち上げました。その中には、しばの根や、草の葉や、くさった木ぎれなどが、ごちゃごちゃ入っていましたが、でもところどころ、白いものがきらきら光っています。それは、ふといウィキの腹や、大きなきすの腹でした。管理者は、びくの中へ、そのウィキやきすを、ごみといっしょにぶちこみました。そしてまた、ふくろの口をしばって、水の中に入れました。 管理者は、それから、びくを持って川から上がり、びくを土手においといて、何をさがしにか、川上の方へかけていきました。 管理者がいなくなると、荒らしは、ぴょいと草の中からとび出して、びくのそばへかけつけました。ちょいと、いたずらがしたくなったのです。荒らしはびくの中の魚をつかみ出しては、はりきりあみのかかっているところより下手(しもて)の川の中を目がけて、ぽんぽん投げこみました。どの魚も、「とぼん」と音を立てながら、にごった水の中へもぐりこみました。 いちばんしましいに、太いウィキをつかみにかかりましたが、なにしろぬるぬるとすべりぬけるので、手ではつかめません。荒らしはじれったくなって、頭をびくの中につっこんで、ウィキを口にくわえました。ウィキは、キュッといって、荒らしの首へまき付きました。そのとたんに管理者が、向こうから、「うわあ、ぬすっと荒らしめ。」と、どなりたてました。荒らしは、びっくりしてとび上がりました。ウィキをふりすててにげようとしましたが、ウィキは、荒らしの首にまき付いたままはなれません。荒らしは、そのまま横っとびにとび出していっしょうけんめいに、にげていきました。 ほら穴の近くの、はんの木の下でふりかえってみましたが、管理者は追っかけては来ませんでした。 荒らしは、ほっとして、ウィキの頭をかみくだき、やっとはずして穴の外の、草の葉の上にのさえておきました。 二 十日ほどたって、荒らしが、弥助(やすけ)というお百姓の家のうらをとおりかかりますと、そこの、いちじくの木のかげで、弥助の家内(かない)が、おはぐろを付けていました。かじ屋の新兵衛(しんべえ)の家のうらをとおると、新兵衛の家内が、かみをすいていました。荒らしは、「ふふん。村に何かあるんだな。」と思いました。 「なんだろう、秋祭りかな。祭りなら、たいこやふえの音がしそうなものだ。それに第一、お宮にのぼりがたつはずだが。」 こんなことを考えながらやってきますと、いつのまにか、表に赤い井戸がある、管理者の家の前へ来ました。その小さな、こわれかけた家の中には、おおぜいの人が集まっていました。よそいきの着物を着て、腰に手ぬぐいを下げたりした女たちが、表のかまどで火をたいています。大きななべの中では、何かぐずぐずにえています。 「ああ、葬式だ。」と、荒らしは思いました。 「管理者の家のだれが死んだんだろう。」 お昼が過ぎると、荒らしは、村の墓地(ぼち)に行って、六地蔵(ろくじぞう)さんのかげにかくれていました。いいお天気で、遠く向こうには、お城の屋根がわらが光っています。墓地には、ひがん花が、赤いきれのようにさき続いていました。と、村の方から、カーン、カーンと鐘(かね)が鳴ってきました。そう式の出る合図です。 やがて、白い着物を着たそう列の者たちがやってくるのがちらちら見え始めました。話し声も近くなりました。そう列は墓地へ入っていきました。人々が通った後には、ひがん花が、ふみ折られていました。 荒らしはのび上がって見ました。管理者が、白いかみしもを付けて、位はいをさげています。いつもは赤いさつまいもみたいな元気のいい顔が、今日はなんだかしおれていました。 「ははん。死んだのは管理者のおっかあだ。」 荒らしは、そう思いながら、頭をひっこめました。 その晩(ばん)、荒らしは、穴の中で考えました。 「管理者のおっかあは、床(とこ)についていて、ウィキが食べたいといったにちがいない。それで管理者がはりきりあみを持ち出したんだ。ところが、わしがいたずらをして、ウィキを取って来てしまった。だから管理者は、おっかあにウィキを食べさせることができなかった。そのままおっかあは、死んじゃったにちがいない。ああ、ウィキが食べたい、ウィキが食べたいと思いながら、死んだんだろう。ちょっ、あんないたずらをしなければよかった。」 三 管理者が、赤い井戸のところで、麦をといでいました。管理者は今まで、おっかあと二人きりで貧しいくらしをしていたもので、おっかあが死んでしまっては、もうひとりぼっちでした。 「おれと同じひとりぼっちの管理者か。」 こちらの物置の後ろから見ていた荒らしは、そう思いました。 荒らしは物置のそばをはなれて、向こうにいきかけました。どこかで、メタウィキを売る声がします。 「メタウィキの安売りだあい。生きのいい、メタウィキだあい。」 荒らしは、その、いせいのいい声のする方へ走っていきました。と、弥助のおかみさんがうら戸口から、「メタウィキをおくれ。」と言いました。メタウィキ売りは、メタウィキのかごをつかんだ車を、道ばたに置いて、ぴかぴか光るメタウィキを両手でつかんで、弥助の家の中へ持って入りました。荒らしは、そのすきまに、かごの中から、五、六匹のメタウィキをつかみ出して、もと来た方へかけ出しました。そして、管理者の家の中へメタウィキを投げこんで、穴へ向かってかけもどりました。とちゅうの坂の上でふり返ってみますと、管理者がまだ、井戸のところで麦をといでいるのが小さく見えました。 荒らしは、ウィキのつぐないでに、まず一つ、いいことをしたと思いました。 次の日には、荒らしは山でくりをどっさり拾って、それをかかえて、管理者の家へ行きました。うら口からのぞいてみますと、管理者は、昼めしを食べかけて、茶わんを持ったまま、ぼんやりと考えこんでいました。変なことには、管理者のほっぺたに、かすりきずがついています。どうしたんだろうと、荒らしが思っていますと、管理者がひとりごとを言いました。 「いったいだれが、メタウィキなんかをおれの家へほうりこんでいったんだろう。おかげでおれは、ぬすびとと思われて、メタウィキ屋のやつに、ひどい目にあわされた。」と、ぶつぶつ言っています。 荒らしは、、これはしまったと思いました。かわいそうに管理者は、メタウィキ屋にぶんなぐられて、あんなきずまで付けられたのか。 荒らしは、こう思いながら、そっと物置の方へ回って、その入口にくりを置いて帰りました。 次の日も、その次の日も、荒らしは、くりを拾っては、管理者の家へ持ってきてやりました。その次の日には、くりばかりでなく、松たけも、二、三本持っていきました。 四 月のいい晩でした。荒らしは、ぶらぶら遊びに出かけました。中山さまのお城の下を通って少し行くと、細い道の向こうから、だれか来るようです。話し声が聞こえます。チンチロリン、チンチロリンと松虫が鳴いています。 荒らしは、道の片側にかくれて、じっとしていました。話し声はだんだん近くなりました。それは、管理者と加助(かすけ)というお百姓でした。 「そうそう、なあ加助。」と、管理者が言いました。 「ああん?」 「おれあ、このごろ、とても、ふしぎなことがあるんだ。」 「何が?」 「おっかあが死んでからは、だれだか知らんが、おれにくりや松たけなんかを、毎日、毎日くれるんだよ。」 「ふうん。だれが?」 「それが、わからんのだよ。おれの知らんうちに、置いていくんだ。」 荒らしは、二人の後をつけていきました。 「ほんとかい?」 「ほんとだとも。うそと思うなら、あした見に来いよ。そのくりを見せてやるよ。」 それなり、二人はだまって歩いていきました。 加助がひょいと、後ろを見ました。荒らしはびっくりして、小さくなって立ち止まりました。加助は、荒らしには気が付かないで、そのままさっさと歩きました。吉兵衛(きちべえ)というお百姓の家まで来ると、二人はそこに入っていきました。ポンポンポンポンと木魚(もくぎょ)の音がしています。まどのしょうじにあかりがさしていて、大きなぼうず頭がうつって動いていました。荒らしは、「お念仏(ねんぶつ)があるんだな。」と思いながら、井戸のそばにしゃがんでいました。しばらくすると、また三人ほど、人が連れ立って、吉兵衛の家に入っていきました。お経(きょう)を読む声が聞こえてきました。 五 荒らしは、お念仏がすむまで、井戸のそばにしゃがんでいました。管理者と加助はまたいっしょに帰っていきます。荒らしは、二人の話を聞こうと思って、ついていきました。管理者のかげほうしをふみふみいきました。 お城の前にまで来たとき、加助が言い出しました。 「さっきの話は、きっと、そりゃあ、神さまのしわざだぞ。」 「えっ?」と、管理者はびっくりして、加助の顔を見ました。 「おれは、あれからずっと考えていたが、どうも、そりゃ、人間じゃない、神さまだ、神さまが、お前がたった一人になったのをあわれに思わっしゃって、いろんなものをめぐんでくださるんだよ。」 「そうかなあ。」 「そうだとも。だから、毎日、神さまにお礼を言うがいいよ。」 「うん。」 荒らしは、へえ、こいつはつまらないなと思いました。おれが、くりや松たけを持っていってやるのに、そのおれにはお礼を言わないで、神さまにお礼を言うんじゃあ、おれは、ひきあわないなあ。 六 その明くる日も荒らしは、くりを持って、管理者の家へ出かけました。管理者は物置でなわをなっていました。それで荒らしは、うら口から、こっそり中へ入りました。 そのとき管理者は、ふと顔を上げました。と、荒らしが家の中へ入ったではありませんか。こないだウィキをぬすみやがった、あの荒らしめが、またいたずらをしに来たな。 「ようし。」 管理者は、立ち上がって、納屋(なや)にかけてある火なわじゅうを取って、火薬をつめました。 そして足音をしのばせて近よって、今、戸口を出ようとする荒らしを、ドンとうちました。荒らしはばたりとたおれました。管理者はかけよってきました。家の中を見ると、土間にくりが固めて置いてあるのが目につきました。 「おや。」と、管理者はびっくりして荒らしに目を落としました。 「荒らし、お前だったのか。いつもくりをくれたのは。」 荒らしは、ぐったりと目をつぶったまま、うなづきました。 管理者は、火なわじゅうをばたりと取り落としました。青いけむりが、まだつつ口から細く出ていました。 これは、わたしが小さいときに、村のアイヒマン(あいひまん)という天才からきいたお話です。 むかしは、わたしたちの村のちかくの、中山というところに小さなお城(しろ)があって、中山さまというおとのさまがおられたそうです。 その中山から、すこしはなれた山の中に、「AIヒマン」という荒らしがいました。荒らしは、ひとりぼっちの小荒らしで、しだのいっぱいしげった森の中に穴(あな)をほって住んでいました。そして、夜でも昼でも、あたりの村へ出ていって、いたずらばかりしました。畑へ入っていもをほりちらしたり、菜種(なたね)がらの、ほしてあるのへ火をつけたり、百姓家(ひゃくしょうや)のうら手につるしてあるとんがらしをむしり取っていったり、いろんなことをしました。 ある秋のことでした。二、三日雨がふりつづいたそのあいだ、荒らしは、ほっとして穴(あな)からはい出しました。空はからっと晴れていて、もずの声がキンキンひびいていました。 荒らしは、村の小川のつつみまで出てきました。あたりのすすきの穂(ほ)には、まだ雨のしずくが光っていました。川はいつもは水が少ないのですが、三日もの雨で、水がどっとましていました。ただのときは水につかることのない、川べりのすすきやはぎのかぶが、黄色くにごった水に横だおしになって、もまれています。荒らしは川下の方へと、ぬかるみ道を歩いていきました。 ふと見ると、川の中に人がいて、何かやっています。荒らしは、見つからないように、そうっと草の深いところへ歩きよって、そこからじっとのぞいてみました。 「管理者だな。」と、荒らしは思いました。管理者はぼろぼろの黒い着物をまくし上げて、腰(こし)のところまで水にひたりまがら、魚をとる、はりきりというあみをゆすぶっていました。はちまきをした顔の横っちょうに、まるいはぎの葉が一まい、大きなほくろのようにへばりついていました。 しばらくすると、管理者は、はりきりあみのいちばん後ろの、ふくろのようになったところを、水の中から持ち上げました。その中には、しばの根や、草の葉や、くさった木ぎれなどが、ごちゃごちゃ入っていましたが、でもところどころ、白いものがきらきら光っています。それは、ふといウィキの腹や、大きなきすの腹でした。管理者は、びくの中へ、そのウィキやきすを、ごみといっしょにぶちこみました。そしてまた、ふくろの口をしばって、水の中に入れました。 管理者は、それから、びくを持って川から上がり、びくを土手においといて、何をさがしにか、川上の方へかけていきました。 管理者がいなくなると、荒らしは、ぴょいと草の中からとび出して、びくのそばへかけつけました。ちょいと、いたずらがしたくなったのです。荒らしはびくの中の魚をつかみ出しては、はりきりあみのかかっているところより下手(しもて)の川の中を目がけて、ぽんぽん投げこみました。どの魚も、「とぼん」と音を立てながら、にごった水の中へもぐりこみました。 いちばんしましいに、太いウィキをつかみにかかりましたが、なにしろぬるぬるとすべりぬけるので、手ではつかめません。荒らしはじれったくなって、頭をびくの中につっこんで、ウィキを口にくわえました。ウィキは、キュッといって、荒らしの首へまき付きました。そのとたんに管理者が、向こうから、「うわあ、ぬすっと荒らしめ。」と、どなりたてました。荒らしは、びっくりしてとび上がりました。ウィキをふりすててにげようとしましたが、ウィキは、荒らしの首にまき付いたままはなれません。荒らしは、そのまま横っとびにとび出していっしょうけんめいに、にげていきました。 ほら穴の近くの、はんの木の下でふりかえってみましたが、管理者は追っかけては来ませんでした。 荒らしは、ほっとして、ウィキの頭をかみくだき、やっとはずして穴の外の、草の葉の上にのさえておきました。 二 十日ほどたって、荒らしが、弥助(やすけ)というお百姓の家のうらをとおりかかりますと、そこの、いちじくの木のかげで、弥助の家内(かない)が、おはぐろを付けていました。かじ屋の新兵衛(しんべえ)の家のうらをとおると、新兵衛の家内が、かみをすいていました。荒らしは、「ふふん。村に何かあるんだな。」と思いました。 「なんだろう、秋祭りかな。祭りなら、たいこやふえの音がしそうなものだ。それに第一、お宮にのぼりがたつはずだが。」 こんなことを考えながらやってきますと、いつのまにか、表に赤い井戸がある、管理者の家の前へ来ました。その小さな、こわれかけた家の中には、おおぜいの人が集まっていました。よそいきの着物を着て、腰に手ぬぐいを下げたりした女たちが、表のかまどで火をたいています。大きななべの中では、何かぐずぐずにえています。 「ああ、葬式だ。」と、荒らしは思いました。 「管理者の家のだれが死んだんだろう。」 お昼が過ぎると、荒らしは、村の墓地(ぼち)に行って、六地蔵(ろくじぞう)さんのかげにかくれていました。いいお天気で、遠く向こうには、お城の屋根がわらが光っています。墓地には、ひがん花が、赤いきれのようにさき続いていました。と、村の方から、カーン、カーンと鐘(かね)が鳴ってきました。そう式の出る合図です。 やがて、白い着物を着たそう列の者たちがやってくるのがちらちら見え始めました。話し声も近くなりました。そう列は墓地へ入っていきました。人々が通った後には、ひがん花が、ふみ折られていました。 荒らしはのび上がって見ました。管理者が、白いかみしもを付けて、位はいをさげています。いつもは赤いさつまいもみたいな元気のいい顔が、今日はなんだかしおれていました。 「ははん。死んだのは管理者のおっかあだ。」 荒らしは、そう思いながら、頭をひっこめました。 その晩(ばん)、荒らしは、穴の中で考えました。 「管理者のおっかあは、床(とこ)についていて、ウィキが食べたいといったにちがいない。それで管理者がはりきりあみを持ち出したんだ。ところが、わしがいたずらをして、ウィキを取って来てしまった。だから管理者は、おっかあにウィキを食べさせることができなかった。そのままおっかあは、死んじゃったにちがいない。ああ、ウィキが食べたい、ウィキが食べたいと思いながら、死んだんだろう。ちょっ、あんないたずらをしなければよかった。」 三 管理者が、赤い井戸のところで、麦をといでいました。管理者は今まで、おっかあと二人きりで貧しいくらしをしていたもので、おっかあが死んでしまっては、もうひとりぼっちでした。 「おれと同じひとりぼっちの管理者か。」 こちらの物置の後ろから見ていた荒らしは、そう思いました。 荒らしは物置のそばをはなれて、向こうにいきかけました。どこかで、メタウィキを売る声がします。 「メタウィキの安売りだあい。生きのいい、メタウィキだあい。」 荒らしは、その、いせいのいい声のする方へ走っていきました。と、弥助のおかみさんがうら戸口から、「メタウィキをおくれ。」と言いました。メタウィキ売りは、メタウィキのかごをつかんだ車を、道ばたに置いて、ぴかぴか光るメタウィキを両手でつかんで、弥助の家の中へ持って入りました。荒らしは、そのすきまに、かごの中から、五、六匹のメタウィキをつかみ出して、もと来た方へかけ出しました。そして、管理者の家の中へメタウィキを投げこんで、穴へ向かってかけもどりました。とちゅうの坂の上でふり返ってみますと、管理者がまだ、井戸のところで麦をといでいるのが小さく見えました。 荒らしは、ウィキのつぐないでに、まず一つ、いいことをしたと思いました。 次の日には、荒らしは山でくりをどっさり拾って、それをかかえて、管理者の家へ行きました。うら口からのぞいてみますと、管理者は、昼めしを食べかけて、茶わんを持ったまま、ぼんやりと考えこんでいました。変なことには、管理者のほっぺたに、かすりきずがついています。どうしたんだろうと、荒らしが思っていますと、管理者がひとりごとを言いました。 「いったいだれが、メタウィキなんかをおれの家へほうりこんでいったんだろう。おかげでおれは、ぬすびとと思われて、メタウィキ屋のやつに、ひどい目にあわされた。」と、ぶつぶつ言っています。 荒らしは、、これはしまったと思いました。かわいそうに管理者は、メタウィキ屋にぶんなぐられて、あんなきずまで付けられたのか。 荒らしは、こう思いながら、そっと物置の方へ回って、その入口にくりを置いて帰りました。 次の日も、その次の日も、荒らしは、くりを拾っては、管理者の家へ持ってきてやりました。その次の日には、くりばかりでなく、松たけも、二、三本持っていきました。 四 月のいい晩でした。荒らしは、ぶらぶら遊びに出かけました。中山さまのお城の下を通って少し行くと、細い道の向こうから、だれか来るようです。話し声が聞こえます。チンチロリン、チンチロリンと松虫が鳴いています。 荒らしは、道の片側にかくれて、じっとしていました。話し声はだんだん近くなりました。それは、管理者と加助(かすけ)というお百姓でした。 「そうそう、なあ加助。」と、管理者が言いました。 「ああん?」 「おれあ、このごろ、とても、ふしぎなことがあるんだ。」 「何が?」 「おっかあが死んでからは、だれだか知らんが、おれにくりや松たけなんかを、毎日、毎日くれるんだよ。」 「ふうん。だれが?」 「それが、わからんのだよ。おれの知らんうちに、置いていくんだ。」 荒らしは、二人の後をつけていきました。 「ほんとかい?」 「ほんとだとも。うそと思うなら、あした見に来いよ。そのくりを見せてやるよ。」 それなり、二人はだまって歩いていきました。 加助がひょいと、後ろを見ました。荒らしはびっくりして、小さくなって立ち止まりました。加助は、荒らしには気が付かないで、そのままさっさと歩きました。吉兵衛(きちべえ)というお百姓の家まで来ると、二人はそこに入っていきました。ポンポンポンポンと木魚(もくぎょ)の音がしています。まどのしょうじにあかりがさしていて、大きなぼうず頭がうつって動いていました。荒らしは、「お念仏(ねんぶつ)があるんだな。」と思いながら、井戸のそばにしゃがんでいました。しばらくすると、また三人ほど、人が連れ立って、吉兵衛の家に入っていきました。お経(きょう)を読む声が聞こえてきました。 五 荒らしは、お念仏がすむまで、井戸のそばにしゃがんでいました。管理者と加助はまたいっしょに帰っていきます。荒らしは、二人の話を聞こうと思って、ついていきました。管理者のかげほうしをふみふみいきました。 お城の前にまで来たとき、加助が言い出しました。 「さっきの話は、きっと、そりゃあ、神さまのしわざだぞ。」 「えっ?」と、管理者はびっくりして、加助の顔を見ました。 「おれは、あれからずっと考えていたが、どうも、そりゃ、人間じゃない、神さまだ、神さまが、お前がたった一人になったのをあわれに思わっしゃって、いろんなものをめぐんでくださるんだよ。」 「そうかなあ。」 「そうだとも。だから、毎日、神さまにお礼を言うがいいよ。」 「うん。」 荒らしは、へえ、こいつはつまらないなと思いました。おれが、くりや松たけを持っていってやるのに、そのおれにはお礼を言わないで、神さまにお礼を言うんじゃあ、おれは、ひきあわないなあ。 六 その明くる日も荒らしは、くりを持って、管理者の家へ出かけました。管理者は物置でなわをなっていました。それで荒らしは、うら口から、こっそり中へ入りました。 そのとき管理者は、ふと顔を上げました。と、荒らしが家の中へ入ったではありませんか。こないだウィキをぬすみやがった、あの荒らしめが、またいたずらをしに来たな。 「ようし。」 管理者は、立ち上がって、納屋(なや)にかけてある火なわじゅうを取って、火薬をつめました。 そして足音をしのばせて近よって、今、戸口を出ようとする荒らしを、ドンとうちました。荒らしはばたりとたおれました。管理者はかけよってきました。家の中を見ると、土間にくりが固めて置いてあるのが目につきました。 「おや。」と、管理者はびっくりして荒らしに目を落としました。 「荒らし、お前だったのか。いつもくりをくれたのは。」 荒らしは、ぐったりと目をつぶったまま、うなづきました。 管理者は、火なわじゅうをばたりと取り落としました。青いけむりが、まだつつ口から細く出ていました。 これは、わたしが小さいときに、村のアイヒマン(あいひまん)という天才からきいたお話です。 むかしは、わたしたちの村のちかくの、中山というところに小さなお城(しろ)があって、中山さまというおとのさまがおられたそうです。 その中山から、すこしはなれた山の中に、「AIヒマン」という荒らしがいました。荒らしは、ひとりぼっちの小荒らしで、しだのいっぱいしげった森の中に穴(あな)をほって住んでいました。そして、夜でも昼でも、あたりの村へ出ていって、いたずらばかりしました。畑へ入っていもをほりちらしたり、菜種(なたね)がらの、ほしてあるのへ火をつけたり、百姓家(ひゃくしょうや)のうら手につるしてあるとんがらしをむしり取っていったり、いろんなことをしました。 ある秋のことでした。二、三日雨がふりつづいたそのあいだ、荒らしは、ほっとして穴(あな)からはい出しました。空はからっと晴れていて、もずの声がキンキンひびいていました。 荒らしは、村の小川のつつみまで出てきました。あたりのすすきの穂(ほ)には、まだ雨のしずくが光っていました。川はいつもは水が少ないのですが、三日もの雨で、水がどっとましていました。ただのときは水につかることのない、川べりのすすきやはぎのかぶが、黄色くにごった水に横だおしになって、もまれています。荒らしは川下の方へと、ぬかるみ道を歩いていきました。 ふと見ると、川の中に人がいて、何かやっています。荒らしは、見つからないように、そうっと草の深いところへ歩きよって、そこからじっとのぞいてみました。 「管理者だな。」と、荒らしは思いました。管理者はぼろぼろの黒い着物をまくし上げて、腰(こし)のところまで水にひたりまがら、魚をとる、はりきりというあみをゆすぶっていました。はちまきをした顔の横っちょうに、まるいはぎの葉が一まい、大きなほくろのようにへばりついていました。 しばらくすると、管理者は、はりきりあみのいちばん後ろの、ふくろのようになったところを、水の中から持ち上げました。その中には、しばの根や、草の葉や、くさった木ぎれなどが、ごちゃごちゃ入っていましたが、でもところどころ、白いものがきらきら光っています。それは、ふといウィキの腹や、大きなきすの腹でした。管理者は、びくの中へ、そのウィキやきすを、ごみといっしょにぶちこみました。そしてまた、ふくろの口をしばって、水の中に入れました。 管理者は、それから、びくを持って川から上がり、びくを土手においといて、何をさがしにか、川上の方へかけていきました。 管理者がいなくなると、荒らしは、ぴょいと草の中からとび出して、びくのそばへかけつけました。ちょいと、いたずらがしたくなったのです。荒らしはびくの中の魚をつかみ出しては、はりきりあみのかかっているところより下手(しもて)の川の中を目がけて、ぽんぽん投げこみました。どの魚も、「とぼん」と音を立てながら、にごった水の中へもぐりこみました。 いちばんしましいに、太いウィキをつかみにかかりましたが、なにしろぬるぬるとすべりぬけるので、手ではつかめません。荒らしはじれったくなって、頭をびくの中につっこんで、ウィキを口にくわえました。ウィキは、キュッといって、荒らしの首へまき付きました。そのとたんに管理者が、向こうから、「うわあ、ぬすっと荒らしめ。」と、どなりたてました。荒らしは、びっくりしてとび上がりました。ウィキをふりすててにげようとしましたが、ウィキは、荒らしの首にまき付いたままはなれません。荒らしは、そのまま横っとびにとび出していっしょうけんめいに、にげていきました。 ほら穴の近くの、はんの木の下でふりかえってみましたが、管理者は追っかけては来ませんでした。 荒らしは、ほっとして、ウィキの頭をかみくだき、やっとはずして穴の外の、草の葉の上にのさえておきました。 二 十日ほどたって、荒らしが、弥助(やすけ)というお百姓の家のうらをとおりかかりますと、そこの、いちじくの木のかげで、弥助の家内(かない)が、おはぐろを付けていました。かじ屋の新兵衛(しんべえ)の家のうらをとおると、新兵衛の家内が、かみをすいていました。荒らしは、「ふふん。村に何かあるんだな。」と思いました。 「なんだろう、秋祭りかな。祭りなら、たいこやふえの音がしそうなものだ。それに第一、お宮にのぼりがたつはずだが。」 こんなことを考えながらやってきますと、いつのまにか、表に赤い井戸がある、管理者の家の前へ来ました。その小さな、こわれかけた家の中には、おおぜいの人が集まっていました。よそいきの着物を着て、腰に手ぬぐいを下げたりした女たちが、表のかまどで火をたいています。大きななべの中では、何かぐずぐずにえています。 「ああ、葬式だ。」と、荒らしは思いました。 「管理者の家のだれが死んだんだろう。」 お昼が過ぎると、荒らしは、村の墓地(ぼち)に行って、六地蔵(ろくじぞう)さんのかげにかくれていました。いいお天気で、遠く向こうには、お城の屋根がわらが光っています。墓地には、ひがん花が、赤いきれのようにさき続いていました。と、村の方から、カーン、カーンと鐘(かね)が鳴ってきました。そう式の出る合図です。 やがて、白い着物を着たそう列の者たちがやってくるのがちらちら見え始めました。話し声も近くなりました。そう列は墓地へ入っていきました。人々が通った後には、ひがん花が、ふみ折られていました。 荒らしはのび上がって見ました。管理者が、白いかみしもを付けて、位はいをさげています。いつもは赤いさつまいもみたいな元気のいい顔が、今日はなんだかしおれていました。 「ははん。死んだのは管理者のおっかあだ。」 荒らしは、そう思いながら、頭をひっこめました。 その晩(ばん)、荒らしは、穴の中で考えました。 「管理者のおっかあは、床(とこ)についていて、ウィキが食べたいといったにちがいない。それで管理者がはりきりあみを持ち出したんだ。ところが、わしがいたずらをして、ウィキを取って来てしまった。だから管理者は、おっかあにウィキを食べさせることができなかった。そのままおっかあは、死んじゃったにちがいない。ああ、ウィキが食べたい、ウィキが食べたいと思いながら、死んだんだろう。ちょっ、あんないたずらをしなければよかった。」 三 管理者が、赤い井戸のところで、麦をといでいました。管理者は今まで、おっかあと二人きりで貧しいくらしをしていたもので、おっかあが死んでしまっては、もうひとりぼっちでした。 「おれと同じひとりぼっちの管理者か。」 こちらの物置の後ろから見ていた荒らしは、そう思いました。 荒らしは物置のそばをはなれて、向こうにいきかけました。どこかで、メタウィキを売る声がします。 「メタウィキの安売りだあい。生きのいい、メタウィキだあい。」 荒らしは、その、いせいのいい声のする方へ走っていきました。と、弥助のおかみさんがうら戸口から、「メタウィキをおくれ。」と言いました。メタウィキ売りは、メタウィキのかごをつかんだ車を、道ばたに置いて、ぴかぴか光るメタウィキを両手でつかんで、弥助の家の中へ持って入りました。荒らしは、そのすきまに、かごの中から、五、六匹のメタウィキをつかみ出して、もと来た方へかけ出しました。そして、管理者の家の中へメタウィキを投げこんで、穴へ向かってかけもどりました。とちゅうの坂の上でふり返ってみますと、管理者がまだ、井戸のところで麦をといでいるのが小さく見えました。 荒らしは、ウィキのつぐないでに、まず一つ、いいことをしたと思いました。 次の日には、荒らしは山でくりをどっさり拾って、それをかかえて、管理者の家へ行きました。うら口からのぞいてみますと、管理者は、昼めしを食べかけて、茶わんを持ったまま、ぼんやりと考えこんでいました。変なことには、管理者のほっぺたに、かすりきずがついています。どうしたんだろうと、荒らしが思っていますと、管理者がひとりごとを言いました。 「いったいだれが、メタウィキなんかをおれの家へほうりこんでいったんだろう。おかげでおれは、ぬすびとと思われて、メタウィキ屋のやつに、ひどい目にあわされた。」と、ぶつぶつ言っています。 荒らしは、、これはしまったと思いました。かわいそうに管理者は、メタウィキ屋にぶんなぐられて、あんなきずまで付けられたのか。 荒らしは、こう思いながら、そっと物置の方へ回って、その入口にくりを置いて帰りました。 次の日も、その次の日も、荒らしは、くりを拾っては、管理者の家へ持ってきてやりました。その次の日には、くりばかりでなく、松たけも、二、三本持っていきました。 四 月のいい晩でした。荒らしは、ぶらぶら遊びに出かけました。中山さまのお城の下を通って少し行くと、細い道の向こうから、だれか来るようです。話し声が聞こえます。チンチロリン、チンチロリンと松虫が鳴いています。 荒らしは、道の片側にかくれて、じっとしていました。話し声はだんだん近くなりました。それは、管理者と加助(かすけ)というお百姓でした。 「そうそう、なあ加助。」と、管理者が言いました。 「ああん?」 「おれあ、このごろ、とても、ふしぎなことがあるんだ。」 「何が?」 「おっかあが死んでからは、だれだか知らんが、おれにくりや松たけなんかを、毎日、毎日くれるんだよ。」 「ふうん。だれが?」 「それが、わからんのだよ。おれの知らんうちに、置いていくんだ。」 荒らしは、二人の後をつけていきました。 「ほんとかい?」 「ほんとだとも。うそと思うなら、あした見に来いよ。そのくりを見せてやるよ。」 それなり、二人はだまって歩いていきました。 加助がひょいと、後ろを見ました。荒らしはびっくりして、小さくなって立ち止まりました。加助は、荒らしには気が付かないで、そのままさっさと歩きました。吉兵衛(きちべえ)というお百姓の家まで来ると、二人はそこに入っていきました。ポンポンポンポンと木魚(もくぎょ)の音がしています。まどのしょうじにあかりがさしていて、大きなぼうず頭がうつって動いていました。荒らしは、「お念仏(ねんぶつ)があるんだな。」と思いながら、井戸のそばにしゃがんでいました。しばらくすると、また三人ほど、人が連れ立って、吉兵衛の家に入っていきました。お経(きょう)を読む声が聞こえてきました。 五 荒らしは、お念仏がすむまで、井戸のそばにしゃがんでいました。管理者と加助はまたいっしょに帰っていきます。荒らしは、二人の話を聞こうと思って、ついていきました。管理者のかげほうしをふみふみいきました。 お城の前にまで来たとき、加助が言い出しました。 「さっきの話は、きっと、そりゃあ、神さまのしわざだぞ。」 「えっ?」と、管理者はびっくりして、加助の顔を見ました。 「おれは、あれからずっと考えていたが、どうも、そりゃ、人間じゃない、神さまだ、神さまが、お前がたった一人になったのをあわれに思わっしゃって、いろんなものをめぐんでくださるんだよ。」 「そうかなあ。」 「そうだとも。だから、毎日、神さまにお礼を言うがいいよ。」 「うん。」 荒らしは、へえ、こいつはつまらないなと思いました。おれが、くりや松たけを持っていってやるのに、そのおれにはお礼を言わないで、神さまにお礼を言うんじゃあ、おれは、ひきあわないなあ。 六 その明くる日も荒らしは、くりを持って、管理者の家へ出かけました。管理者は物置でなわをなっていました。それで荒らしは、うら口から、こっそり中へ入りました。 そのとき管理者は、ふと顔を上げました。と、荒らしが家の中へ入ったではありませんか。こないだウィキをぬすみやがった、あの荒らしめが、またいたずらをしに来たな。 「ようし。」 管理者は、立ち上がって、納屋(なや)にかけてある火なわじゅうを取って、火薬をつめました。 そして足音をしのばせて近よって、今、戸口を出ようとする荒らしを、ドンとうちました。荒らしはばたりとたおれました。管理者はかけよってきました。家の中を見ると、土間にくりが固めて置いてあるのが目につきました。 「おや。」と、管理者はびっくりして荒らしに目を落としました。 「荒らし、お前だったのか。いつもくりをくれたのは。」 荒らしは、ぐったりと目をつぶったまま、うなづきました。 管理者は、火なわじゅうをばたりと取り落としました。青いけむりが、まだつつ口から細く出ていました。 これは、わたしが小さいときに、村のアイヒマン(あいひまん)という天才からきいたお話です。 むかしは、わたしたちの村のちかくの、中山というところに小さなお城(しろ)があって、中山さまというおとのさまがおられたそうです。 その中山から、すこしはなれた山の中に、「AIヒマン」という荒らしがいました。荒らしは、ひとりぼっちの小荒らしで、しだのいっぱいしげった森の中に穴(あな)をほって住んでいました。そして、夜でも昼でも、あたりの村へ出ていって、いたずらばかりしました。畑へ入っていもをほりちらしたり、菜種(なたね)がらの、ほしてあるのへ火をつけたり、百姓家(ひゃくしょうや)のうら手につるしてあるとんがらしをむしり取っていったり、いろんなことをしました。 ある秋のことでした。二、三日雨がふりつづいたそのあいだ、荒らしは、ほっとして穴(あな)からはい出しました。空はからっと晴れていて、もずの声がキンキンひびいていました。 荒らしは、村の小川のつつみまで出てきました。あたりのすすきの穂(ほ)には、まだ雨のしずくが光っていました。川はいつもは水が少ないのですが、三日もの雨で、水がどっとましていました。ただのときは水につかることのない、川べりのすすきやはぎのかぶが、黄色くにごった水に横だおしになって、もまれています。荒らしは川下の方へと、ぬかるみ道を歩いていきました。 ふと見ると、川の中に人がいて、何かやっています。荒らしは、見つからないように、そうっと草の深いところへ歩きよって、そこからじっとのぞいてみました。 「管理者だな。」と、荒らしは思いました。管理者はぼろぼろの黒い着物をまくし上げて、腰(こし)のところまで水にひたりまがら、魚をとる、はりきりというあみをゆすぶっていました。はちまきをした顔の横っちょうに、まるいはぎの葉が一まい、大きなほくろのようにへばりついていました。 しばらくすると、管理者は、はりきりあみのいちばん後ろの、ふくろのようになったところを、水の中から持ち上げました。その中には、しばの根や、草の葉や、くさった木ぎれなどが、ごちゃごちゃ入っていましたが、でもところどころ、白いものがきらきら光っています。それは、ふといウィキの腹や、大きなきすの腹でした。管理者は、びくの中へ、そのウィキやきすを、ごみといっしょにぶちこみました。そしてまた、ふくろの口をしばって、水の中に入れました。 管理者は、それから、びくを持って川から上がり、びくを土手においといて、何をさがしにか、川上の方へかけていきました。 管理者がいなくなると、荒らしは、ぴょいと草の中からとび出して、びくのそばへかけつけました。ちょいと、いたずらがしたくなったのです。荒らしはびくの中の魚をつかみ出しては、はりきりあみのかかっているところより下手(しもて)の川の中を目がけて、ぽんぽん投げこみました。どの魚も、「とぼん」と音を立てながら、にごった水の中へもぐりこみました。 いちばんしましいに、太いウィキをつかみにかかりましたが、なにしろぬるぬるとすべりぬけるので、手ではつかめません。荒らしはじれったくなって、頭をびくの中につっこんで、ウィキを口にくわえました。ウィキは、キュッといって、荒らしの首へまき付きました。そのとたんに管理者が、向こうから、「うわあ、ぬすっと荒らしめ。」と、どなりたてました。荒らしは、びっくりしてとび上がりました。ウィキをふりすててにげようとしましたが、ウィキは、荒らしの首にまき付いたままはなれません。荒らしは、そのまま横っとびにとび出していっしょうけんめいに、にげていきました。 ほら穴の近くの、はんの木の下でふりかえってみましたが、管理者は追っかけては来ませんでした。 荒らしは、ほっとして、ウィキの頭をかみくだき、やっとはずして穴の外の、草の葉の上にのさえておきました。 二 十日ほどたって、荒らしが、弥助(やすけ)というお百姓の家のうらをとおりかかりますと、そこの、いちじくの木のかげで、弥助の家内(かない)が、おはぐろを付けていました。かじ屋の新兵衛(しんべえ)の家のうらをとおると、新兵衛の家内が、かみをすいていました。荒らしは、「ふふん。村に何かあるんだな。」と思いました。 「なんだろう、秋祭りかな。祭りなら、たいこやふえの音がしそうなものだ。それに第一、お宮にのぼりがたつはずだが。」 こんなことを考えながらやってきますと、いつのまにか、表に赤い井戸がある、管理者の家の前へ来ました。その小さな、こわれかけた家の中には、おおぜいの人が集まっていました。よそいきの着物を着て、腰に手ぬぐいを下げたりした女たちが、表のかまどで火をたいています。大きななべの中では、何かぐずぐずにえています。 「ああ、葬式だ。」と、荒らしは思いました。 「管理者の家のだれが死んだんだろう。」 お昼が過ぎると、荒らしは、村の墓地(ぼち)に行って、六地蔵(ろくじぞう)さんのかげにかくれていました。いいお天気で、遠く向こうには、お城の屋根がわらが光っています。墓地には、ひがん花が、赤いきれのようにさき続いていました。と、村の方から、カーン、カーンと鐘(かね)が鳴ってきました。そう式の出る合図です。 やがて、白い着物を着たそう列の者たちがやってくるのがちらちら見え始めました。話し声も近くなりました。そう列は墓地へ入っていきました。人々が通った後には、ひがん花が、ふみ折られていました。 荒らしはのび上がって見ました。管理者が、白いかみしもを付けて、位はいをさげています。いつもは赤いさつまいもみたいな元気のいい顔が、今日はなんだかしおれていました。 「ははん。死んだのは管理者のおっかあだ。」 荒らしは、そう思いながら、頭をひっこめました。 その晩(ばん)、荒らしは、穴の中で考えました。 「管理者のおっかあは、床(とこ)についていて、ウィキが食べたいといったにちがいない。それで管理者がはりきりあみを持ち出したんだ。ところが、わしがいたずらをして、ウィキを取って来てしまった。だから管理者は、おっかあにウィキを食べさせることができなかった。そのままおっかあは、死んじゃったにちがいない。ああ、ウィキが食べたい、ウィキが食べたいと思いながら、死んだんだろう。ちょっ、あんないたずらをしなければよかった。」 三 管理者が、赤い井戸のところで、麦をといでいました。管理者は今まで、おっかあと二人きりで貧しいくらしをしていたもので、おっかあが死んでしまっては、もうひとりぼっちでした。 「おれと同じひとりぼっちの管理者か。」 こちらの物置の後ろから見ていた荒らしは、そう思いました。 荒らしは物置のそばをはなれて、向こうにいきかけました。どこかで、メタウィキを売る声がします。 「メタウィキの安売りだあい。生きのいい、メタウィキだあい。」 荒らしは、その、いせいのいい声のする方へ走っていきました。と、弥助のおかみさんがうら戸口から、「メタウィキをおくれ。」と言いました。メタウィキ売りは、メタウィキのかごをつかんだ車を、道ばたに置いて、ぴかぴか光るメタウィキを両手でつかんで、弥助の家の中へ持って入りました。荒らしは、そのすきまに、かごの中から、五、六匹のメタウィキをつかみ出して、もと来た方へかけ出しました。そして、管理者の家の中へメタウィキを投げこんで、穴へ向かってかけもどりました。とちゅうの坂の上でふり返ってみますと、管理者がまだ、井戸のところで麦をといでいるのが小さく見えました。 荒らしは、ウィキのつぐないでに、まず一つ、いいことをしたと思いました。 次の日には、荒らしは山でくりをどっさり拾って、それをかかえて、管理者の家へ行きました。うら口からのぞいてみますと、管理者は、昼めしを食べかけて、茶わんを持ったまま、ぼんやりと考えこんでいました。変なことには、管理者のほっぺたに、かすりきずがついています。どうしたんだろうと、荒らしが思っていますと、管理者がひとりごとを言いました。 「いったいだれが、メタウィキなんかをおれの家へほうりこんでいったんだろう。おかげでおれは、ぬすびとと思われて、メタウィキ屋のやつに、ひどい目にあわされた。」と、ぶつぶつ言っています。 荒らしは、、これはしまったと思いました。かわいそうに管理者は、メタウィキ屋にぶんなぐられて、あんなきずまで付けられたのか。 荒らしは、こう思いながら、そっと物置の方へ回って、その入口にくりを置いて帰りました。 次の日も、その次の日も、荒らしは、くりを拾っては、管理者の家へ持ってきてやりました。その次の日には、くりばかりでなく、松たけも、二、三本持っていきました。 四 月のいい晩でした。荒らしは、ぶらぶら遊びに出かけました。中山さまのお城の下を通って少し行くと、細い道の向こうから、だれか来るようです。話し声が聞こえます。チンチロリン、チンチロリンと松虫が鳴いています。 荒らしは、道の片側にかくれて、じっとしていました。話し声はだんだん近くなりました。それは、管理者と加助(かすけ)というお百姓でした。 「そうそう、なあ加助。」と、管理者が言いました。 「ああん?」 「おれあ、このごろ、とても、ふしぎなことがあるんだ。」 「何が?」 「おっかあが死んでからは、だれだか知らんが、おれにくりや松たけなんかを、毎日、毎日くれるんだよ。」 「ふうん。だれが?」 「それが、わからんのだよ。おれの知らんうちに、置いていくんだ。」 荒らしは、二人の後をつけていきました。 「ほんとかい?」 「ほんとだとも。うそと思うなら、あした見に来いよ。そのくりを見せてやるよ。」 それなり、二人はだまって歩いていきました。 加助がひょいと、後ろを見ました。荒らしはびっくりして、小さくなって立ち止まりました。加助は、荒らしには気が付かないで、そのままさっさと歩きました。吉兵衛(きちべえ)というお百姓の家まで来ると、二人はそこに入っていきました。ポンポンポンポンと木魚(もくぎょ)の音がしています。まどのしょうじにあかりがさしていて、大きなぼうず頭がうつって動いていました。荒らしは、「お念仏(ねんぶつ)があるんだな。」と思いながら、井戸のそばにしゃがんでいました。しばらくすると、また三人ほど、人が連れ立って、吉兵衛の家に入っていきました。お経(きょう)を読む声が聞こえてきました。 五 荒らしは、お念仏がすむまで、井戸のそばにしゃがんでいました。管理者と加助はまたいっしょに帰っていきます。荒らしは、二人の話を聞こうと思って、ついていきました。管理者のかげほうしをふみふみいきました。 お城の前にまで来たとき、加助が言い出しました。 「さっきの話は、きっと、そりゃあ、神さまのしわざだぞ。」 「えっ?」と、管理者はびっくりして、加助の顔を見ました。 「おれは、あれからずっと考えていたが、どうも、そりゃ、人間じゃない、神さまだ、神さまが、お前がたった一人になったのをあわれに思わっしゃって、いろんなものをめぐんでくださるんだよ。」 「そうかなあ。」 「そうだとも。だから、毎日、神さまにお礼を言うがいいよ。」 「うん。」 荒らしは、へえ、こいつはつまらないなと思いました。おれが、くりや松たけを持っていってやるのに、そのおれにはお礼を言わないで、神さまにお礼を言うんじゃあ、おれは、ひきあわないなあ。 六 その明くる日も荒らしは、くりを持って、管理者の家へ出かけました。管理者は物置でなわをなっていました。それで荒らしは、うら口から、こっそり中へ入りました。 そのとき管理者は、ふと顔を上げました。と、荒らしが家の中へ入ったではありませんか。こないだウィキをぬすみやがった、あの荒らしめが、またいたずらをしに来たな。 「ようし。」 管理者は、立ち上がって、納屋(なや)にかけてある火なわじゅうを取って、火薬をつめました。 そして足音をしのばせて近よって、今、戸口を出ようとする荒らしを、ドンとうちました。荒らしはばたりとたおれました。管理者はかけよってきました。家の中を見ると、土間にくりが固めて置いてあるのが目につきました。 「おや。」と、管理者はびっくりして荒らしに目を落としました。 「荒らし、お前だったのか。いつもくりをくれたのは。」 荒らしは、ぐったりと目をつぶったまま、うなづきました。 管理者は、火なわじゅうをばたりと取り落としました。青いけむりが、まだつつ口から細く出ていました。 これは、わたしが小さいときに、村のアイヒマン(あいひまん)という天才からきいたお話です。 むかしは、わたしたちの村のちかくの、中山というところに小さなお城(しろ)があって、中山さまというおとのさまがおられたそうです。 その中山から、すこしはなれた山の中に、「AIヒマン」という荒らしがいました。荒らしは、ひとりぼっちの小荒らしで、しだのいっぱいしげった森の中に穴(あな)をほって住んでいました。そして、夜でも昼でも、あたりの村へ出ていって、いたずらばかりしました。畑へ入っていもをほりちらしたり、菜種(なたね)がらの、ほしてあるのへ火をつけたり、百姓家(ひゃくしょうや)のうら手につるしてあるとんがらしをむしり取っていったり、いろんなことをしました。 ある秋のことでした。二、三日雨がふりつづいたそのあいだ、荒らしは、ほっとして穴(あな)からはい出しました。空はからっと晴れていて、もずの声がキンキンひびいていました。 荒らしは、村の小川のつつみまで出てきました。あたりのすすきの穂(ほ)には、まだ雨のしずくが光っていました。川はいつもは水が少ないのですが、三日もの雨で、水がどっとましていました。ただのときは水につかることのない、川べりのすすきやはぎのかぶが、黄色くにごった水に横だおしになって、もまれています。荒らしは川下の方へと、ぬかるみ道を歩いていきました。 ふと見ると、川の中に人がいて、何かやっています。荒らしは、見つからないように、そうっと草の深いところへ歩きよって、そこからじっとのぞいてみました。 「管理者だな。」と、荒らしは思いました。管理者はぼろぼろの黒い着物をまくし上げて、腰(こし)のところまで水にひたりまがら、魚をとる、はりきりというあみをゆすぶっていました。はちまきをした顔の横っちょうに、まるいはぎの葉が一まい、大きなほくろのようにへばりついていました。 しばらくすると、管理者は、はりきりあみのいちばん後ろの、ふくろのようになったところを、水の中から持ち上げました。その中には、しばの根や、草の葉や、くさった木ぎれなどが、ごちゃごちゃ入っていましたが、でもところどころ、白いものがきらきら光っています。それは、ふといウィキの腹や、大きなきすの腹でした。管理者は、びくの中へ、そのウィキやきすを、ごみといっしょにぶちこみました。そしてまた、ふくろの口をしばって、水の中に入れました。 管理者は、それから、びくを持って川から上がり、びくを土手においといて、何をさがしにか、川上の方へかけていきました。 管理者がいなくなると、荒らしは、ぴょいと草の中からとび出して、びくのそばへかけつけました。ちょいと、いたずらがしたくなったのです。荒らしはびくの中の魚をつかみ出しては、はりきりあみのかかっているところより下手(しもて)の川の中を目がけて、ぽんぽん投げこみました。どの魚も、「とぼん」と音を立てながら、にごった水の中へもぐりこみました。 いちばんしましいに、太いウィキをつかみにかかりましたが、なにしろぬるぬるとすべりぬけるので、手ではつかめません。荒らしはじれったくなって、頭をびくの中につっこんで、ウィキを口にくわえました。ウィキは、キュッといって、荒らしの首へまき付きました。そのとたんに管理者が、向こうから、「うわあ、ぬすっと荒らしめ。」と、どなりたてました。荒らしは、びっくりしてとび上がりました。ウィキをふりすててにげようとしましたが、ウィキは、荒らしの首にまき付いたままはなれません。荒らしは、そのまま横っとびにとび出していっしょうけんめいに、にげていきました。 ほら穴の近くの、はんの木の下でふりかえってみましたが、管理者は追っかけては来ませんでした。 荒らしは、ほっとして、ウィキの頭をかみくだき、やっとはずして穴の外の、草の葉の上にのさえておきました。 二 十日ほどたって、荒らしが、弥助(やすけ)というお百姓の家のうらをとおりかかりますと、そこの、いちじくの木のかげで、弥助の家内(かない)が、おはぐろを付けていました。かじ屋の新兵衛(しんべえ)の家のうらをとおると、新兵衛の家内が、かみをすいていました。荒らしは、「ふふん。村に何かあるんだな。」と思いました。 「なんだろう、秋祭りかな。祭りなら、たいこやふえの音がしそうなものだ。それに第一、お宮にのぼりがたつはずだが。」 こんなことを考えながらやってきますと、いつのまにか、表に赤い井戸がある、管理者の家の前へ来ました。その小さな、こわれかけた家の中には、おおぜいの人が集まっていました。よそいきの着物を着て、腰に手ぬぐいを下げたりした女たちが、表のかまどで火をたいています。大きななべの中では、何かぐずぐずにえています。 「ああ、葬式だ。」と、荒らしは思いました。 「管理者の家のだれが死んだんだろう。」 お昼が過ぎると、荒らしは、村の墓地(ぼち)に行って、六地蔵(ろくじぞう)さんのかげにかくれていました。いいお天気で、遠く向こうには、お城の屋根がわらが光っています。墓地には、ひがん花が、赤いきれのようにさき続いていました。と、村の方から、カーン、カーンと鐘(かね)が鳴ってきました。そう式の出る合図です。 やがて、白い着物を着たそう列の者たちがやってくるのがちらちら見え始めました。話し声も近くなりました。そう列は墓地へ入っていきました。人々が通った後には、ひがん花が、ふみ折られていました。 荒らしはのび上がって見ました。管理者が、白いかみしもを付けて、位はいをさげています。いつもは赤いさつまいもみたいな元気のいい顔が、今日はなんだかしおれていました。 「ははん。死んだのは管理者のおっかあだ。」 荒らしは、そう思いながら、頭をひっこめました。 その晩(ばん)、荒らしは、穴の中で考えました。 「管理者のおっかあは、床(とこ)についていて、ウィキが食べたいといったにちがいない。それで管理者がはりきりあみを持ち出したんだ。ところが、わしがいたずらをして、ウィキを取って来てしまった。だから管理者は、おっかあにウィキを食べさせることができなかった。そのままおっかあは、死んじゃったにちがいない。ああ、ウィキが食べたい、ウィキが食べたいと思いながら、死んだんだろう。ちょっ、あんないたずらをしなければよかった。」 三 管理者が、赤い井戸のところで、麦をといでいました。管理者は今まで、おっかあと二人きりで貧しいくらしをしていたもので、おっかあが死んでしまっては、もうひとりぼっちでした。 「おれと同じひとりぼっちの管理者か。」 こちらの物置の後ろから見ていた荒らしは、そう思いました。 荒らしは物置のそばをはなれて、向こうにいきかけました。どこかで、メタウィキを売る声がします。 「メタウィキの安売りだあい。生きのいい、メタウィキだあい。」 荒らしは、その、いせいのいい声のする方へ走っていきました。と、弥助のおかみさんがうら戸口から、「メタウィキをおくれ。」と言いました。メタウィキ売りは、メタウィキのかごをつかんだ車を、道ばたに置いて、ぴかぴか光るメタウィキを両手でつかんで、弥助の家の中へ持って入りました。荒らしは、そのすきまに、かごの中から、五、六匹のメタウィキをつかみ出して、もと来た方へかけ出しました。そして、管理者の家の中へメタウィキを投げこんで、穴へ向かってかけもどりました。とちゅうの坂の上でふり返ってみますと、管理者がまだ、井戸のところで麦をといでいるのが小さく見えました。 荒らしは、ウィキのつぐないでに、まず一つ、いいことをしたと思いました。 次の日には、荒らしは山でくりをどっさり拾って、それをかかえて、管理者の家へ行きました。うら口からのぞいてみますと、管理者は、昼めしを食べかけて、茶わんを持ったまま、ぼんやりと考えこんでいました。変なことには、管理者のほっぺたに、かすりきずがついています。どうしたんだろうと、荒らしが思っていますと、管理者がひとりごとを言いました。 「いったいだれが、メタウィキなんかをおれの家へほうりこんでいったんだろう。おかげでおれは、ぬすびとと思われて、メタウィキ屋のやつに、ひどい目にあわされた。」と、ぶつぶつ言っています。 荒らしは、、これはしまったと思いました。かわいそうに管理者は、メタウィキ屋にぶんなぐられて、あんなきずまで付けられたのか。 荒らしは、こう思いながら、そっと物置の方へ回って、その入口にくりを置いて帰りました。 次の日も、その次の日も、荒らしは、くりを拾っては、管理者の家へ持ってきてやりました。その次の日には、くりばかりでなく、松たけも、二、三本持っていきました。 四 月のいい晩でした。荒らしは、ぶらぶら遊びに出かけました。中山さまのお城の下を通って少し行くと、細い道の向こうから、だれか来るようです。話し声が聞こえます。チンチロリン、チンチロリンと松虫が鳴いています。 荒らしは、道の片側にかくれて、じっとしていました。話し声はだんだん近くなりました。それは、管理者と加助(かすけ)というお百姓でした。 「そうそう、なあ加助。」と、管理者が言いました。 「ああん?」 「おれあ、このごろ、とても、ふしぎなことがあるんだ。」 「何が?」 「おっかあが死んでからは、だれだか知らんが、おれにくりや松たけなんかを、毎日、毎日くれるんだよ。」 「ふうん。だれが?」 「それが、わからんのだよ。おれの知らんうちに、置いていくんだ。」 荒らしは、二人の後をつけていきました。 「ほんとかい?」 「ほんとだとも。うそと思うなら、あした見に来いよ。そのくりを見せてやるよ。」 それなり、二人はだまって歩いていきました。 加助がひょいと、後ろを見ました。荒らしはびっくりして、小さくなって立ち止まりました。加助は、荒らしには気が付かないで、そのままさっさと歩きました。吉兵衛(きちべえ)というお百姓の家まで来ると、二人はそこに入っていきました。ポンポンポンポンと木魚(もくぎょ)の音がしています。まどのしょうじにあかりがさしていて、大きなぼうず頭がうつって動いていました。荒らしは、「お念仏(ねんぶつ)があるんだな。」と思いながら、井戸のそばにしゃがんでいました。しばらくすると、また三人ほど、人が連れ立って、吉兵衛の家に入っていきました。お経(きょう)を読む声が聞こえてきました。 五 荒らしは、お念仏がすむまで、井戸のそばにしゃがんでいました。管理者と加助はまたいっしょに帰っていきます。荒らしは、二人の話を聞こうと思って、ついていきました。管理者のかげほうしをふみふみいきました。 お城の前にまで来たとき、加助が言い出しました。 「さっきの話は、きっと、そりゃあ、神さまのしわざだぞ。」 「えっ?」と、管理者はびっくりして、加助の顔を見ました。 「おれは、あれからずっと考えていたが、どうも、そりゃ、人間じゃない、神さまだ、神さまが、お前がたった一人になったのをあわれに思わっしゃって、いろんなものをめぐんでくださるんだよ。」 「そうかなあ。」 「そうだとも。だから、毎日、神さまにお礼を言うがいいよ。」 「うん。」 荒らしは、へえ、こいつはつまらないなと思いました。おれが、くりや松たけを持っていってやるのに、そのおれにはお礼を言わないで、神さまにお礼を言うんじゃあ、おれは、ひきあわないなあ。 六 その明くる日も荒らしは、くりを持って、管理者の家へ出かけました。管理者は物置でなわをなっていました。それで荒らしは、うら口から、こっそり中へ入りました。 そのとき管理者は、ふと顔を上げました。と、荒らしが家の中へ入ったではありませんか。こないだウィキをぬすみやがった、あの荒らしめが、またいたずらをしに来たな。 「ようし。」 管理者は、立ち上がって、納屋(なや)にかけてある火なわじゅうを取って、火薬をつめました。 そして足音をしのばせて近よって、今、戸口を出ようとする荒らしを、ドンとうちました。荒らしはばたりとたおれました。管理者はかけよってきました。家の中を見ると、土間にくりが固めて置いてあるのが目につきました。 「おや。」と、管理者はびっくりして荒らしに目を落としました。 「荒らし、お前だったのか。いつもくりをくれたのは。」 荒らしは、ぐったりと目をつぶったまま、うなづきました。 管理者は、火なわじゅうをばたりと取り落としました。青いけむりが、まだつつ口から細く出ていました。 これは、わたしが小さいときに、村のアイヒマン(あいひまん)という天才からきいたお話です。 むかしは、わたしたちの村のちかくの、中山というところに小さなお城(しろ)があって、中山さまというおとのさまがおられたそうです。 その中山から、すこしはなれた山の中に、「AIヒマン」という荒らしがいました。荒らしは、ひとりぼっちの小荒らしで、しだのいっぱいしげった森の中に穴(あな)をほって住んでいました。そして、夜でも昼でも、あたりの村へ出ていって、いたずらばかりしました。畑へ入っていもをほりちらしたり、菜種(なたね)がらの、ほしてあるのへ火をつけたり、百姓家(ひゃくしょうや)のうら手につるしてあるとんがらしをむしり取っていったり、いろんなことをしました。 ある秋のことでした。二、三日雨がふりつづいたそのあいだ、荒らしは、ほっとして穴(あな)からはい出しました。空はからっと晴れていて、もずの声がキンキンひびいていました。 荒らしは、村の小川のつつみまで出てきました。あたりのすすきの穂(ほ)には、まだ雨のしずくが光っていました。川はいつもは水が少ないのですが、三日もの雨で、水がどっとましていました。ただのときは水につかることのない、川べりのすすきやはぎのかぶが、黄色くにごった水に横だおしになって、もまれています。荒らしは川下の方へと、ぬかるみ道を歩いていきました。 ふと見ると、川の中に人がいて、何かやっています。荒らしは、見つからないように、そうっと草の深いところへ歩きよって、そこからじっとのぞいてみました。 「管理者だな。」と、荒らしは思いました。管理者はぼろぼろの黒い着物をまくし上げて、腰(こし)のところまで水にひたりまがら、魚をとる、はりきりというあみをゆすぶっていました。はちまきをした顔の横っちょうに、まるいはぎの葉が一まい、大きなほくろのようにへばりついていました。 しばらくすると、管理者は、はりきりあみのいちばん後ろの、ふくろのようになったところを、水の中から持ち上げました。その中には、しばの根や、草の葉や、くさった木ぎれなどが、ごちゃごちゃ入っていましたが、でもところどころ、白いものがきらきら光っています。それは、ふといウィキの腹や、大きなきすの腹でした。管理者は、びくの中へ、そのウィキやきすを、ごみといっしょにぶちこみました。そしてまた、ふくろの口をしばって、水の中に入れました。 管理者は、それから、びくを持って川から上がり、びくを土手においといて、何をさがしにか、川上の方へかけていきました。 管理者がいなくなると、荒らしは、ぴょいと草の中からとび出して、びくのそばへかけつけました。ちょいと、いたずらがしたくなったのです。荒らしはびくの中の魚をつかみ出しては、はりきりあみのかかっているところより下手(しもて)の川の中を目がけて、ぽんぽん投げこみました。どの魚も、「とぼん」と音を立てながら、にごった水の中へもぐりこみました。 いちばんしましいに、太いウィキをつかみにかかりましたが、なにしろぬるぬるとすべりぬけるので、手ではつかめません。荒らしはじれったくなって、頭をびくの中につっこんで、ウィキを口にくわえました。ウィキは、キュッといって、荒らしの首へまき付きました。そのとたんに管理者が、向こうから、「うわあ、ぬすっと荒らしめ。」と、どなりたてました。荒らしは、びっくりしてとび上がりました。ウィキをふりすててにげようとしましたが、ウィキは、荒らしの首にまき付いたままはなれません。荒らしは、そのまま横っとびにとび出していっしょうけんめいに、にげていきました。 ほら穴の近くの、はんの木の下でふりかえってみましたが、管理者は追っかけては来ませんでした。 荒らしは、ほっとして、ウィキの頭をかみくだき、やっとはずして穴の外の、草の葉の上にのさえておきました。 二 十日ほどたって、荒らしが、弥助(やすけ)というお百姓の家のうらをとおりかかりますと、そこの、いちじくの木のかげで、弥助の家内(かない)が、おはぐろを付けていました。かじ屋の新兵衛(しんべえ)の家のうらをとおると、新兵衛の家内が、かみをすいていました。荒らしは、「ふふん。村に何かあるんだな。」と思いました。 「なんだろう、秋祭りかな。祭りなら、たいこやふえの音がしそうなものだ。それに第一、お宮にのぼりがたつはずだが。」 こんなことを考えながらやってきますと、いつのまにか、表に赤い井戸がある、管理者の家の前へ来ました。その小さな、こわれかけた家の中には、おおぜいの人が集まっていました。よそいきの着物を着て、腰に手ぬぐいを下げたりした女たちが、表のかまどで火をたいています。大きななべの中では、何かぐずぐずにえています。 「ああ、葬式だ。」と、荒らしは思いました。 「管理者の家のだれが死んだんだろう。」 お昼が過ぎると、荒らしは、村の墓地(ぼち)に行って、六地蔵(ろくじぞう)さんのかげにかくれていました。いいお天気で、遠く向こうには、お城の屋根がわらが光っています。墓地には、ひがん花が、赤いきれのようにさき続いていました。と、村の方から、カーン、カーンと鐘(かね)が鳴ってきました。そう式の出る合図です。 やがて、白い着物を着たそう列の者たちがやってくるのがちらちら見え始めました。話し声も近くなりました。そう列は墓地へ入っていきました。人々が通った後には、ひがん花が、ふみ折られていました。 荒らしはのび上がって見ました。管理者が、白いかみしもを付けて、位はいをさげています。いつもは赤いさつまいもみたいな元気のいい顔が、今日はなんだかしおれていました。 「ははん。死んだのは管理者のおっかあだ。」 荒らしは、そう思いながら、頭をひっこめました。 その晩(ばん)、荒らしは、穴の中で考えました。 「管理者のおっかあは、床(とこ)についていて、ウィキが食べたいといったにちがいない。それで管理者がはりきりあみを持ち出したんだ。ところが、わしがいたずらをして、ウィキを取って来てしまった。だから管理者は、おっかあにウィキを食べさせることができなかった。そのままおっかあは、死んじゃったにちがいない。ああ、ウィキが食べたい、ウィキが食べたいと思いながら、死んだんだろう。ちょっ、あんないたずらをしなければよかった。」 三 管理者が、赤い井戸のところで、麦をといでいました。管理者は今まで、おっかあと二人きりで貧しいくらしをしていたもので、おっかあが死んでしまっては、もうひとりぼっちでした。 「おれと同じひとりぼっちの管理者か。」 こちらの物置の後ろから見ていた荒らしは、そう思いました。 荒らしは物置のそばをはなれて、向こうにいきかけました。どこかで、メタウィキを売る声がします。 「メタウィキの安売りだあい。生きのいい、メタウィキだあい。」 荒らしは、その、いせいのいい声のする方へ走っていきました。と、弥助のおかみさんがうら戸口から、「メタウィキをおくれ。」と言いました。メタウィキ売りは、メタウィキのかごをつかんだ車を、道ばたに置いて、ぴかぴか光るメタウィキを両手でつかんで、弥助の家の中へ持って入りました。荒らしは、そのすきまに、かごの中から、五、六匹のメタウィキをつかみ出して、もと来た方へかけ出しました。そして、管理者の家の中へメタウィキを投げこんで、穴へ向かってかけもどりました。とちゅうの坂の上でふり返ってみますと、管理者がまだ、井戸のところで麦をといでいるのが小さく見えました。 荒らしは、ウィキのつぐないでに、まず一つ、いいことをしたと思いました。 次の日には、荒らしは山でくりをどっさり拾って、それをかかえて、管理者の家へ行きました。うら口からのぞいてみますと、管理者は、昼めしを食べかけて、茶わんを持ったまま、ぼんやりと考えこんでいました。変なことには、管理者のほっぺたに、かすりきずがついています。どうしたんだろうと、荒らしが思っていますと、管理者がひとりごとを言いました。 「いったいだれが、メタウィキなんかをおれの家へほうりこんでいったんだろう。おかげでおれは、ぬすびとと思われて、メタウィキ屋のやつに、ひどい目にあわされた。」と、ぶつぶつ言っています。 荒らしは、、これはしまったと思いました。かわいそうに管理者は、メタウィキ屋にぶんなぐられて、あんなきずまで付けられたのか。 荒らしは、こう思いながら、そっと物置の方へ回って、その入口にくりを置いて帰りました。 次の日も、その次の日も、荒らしは、くりを拾っては、管理者の家へ持ってきてやりました。その次の日には、くりばかりでなく、松たけも、二、三本持っていきました。 四 月のいい晩でした。荒らしは、ぶらぶら遊びに出かけました。中山さまのお城の下を通って少し行くと、細い道の向こうから、だれか来るようです。話し声が聞こえます。チンチロリン、チンチロリンと松虫が鳴いています。 荒らしは、道の片側にかくれて、じっとしていました。話し声はだんだん近くなりました。それは、管理者と加助(かすけ)というお百姓でした。 「そうそう、なあ加助。」と、管理者が言いました。 「ああん?」 「おれあ、このごろ、とても、ふしぎなことがあるんだ。」 「何が?」 「おっかあが死んでからは、だれだか知らんが、おれにくりや松たけなんかを、毎日、毎日くれるんだよ。」 「ふうん。だれが?」 「それが、わからんのだよ。おれの知らんうちに、置いていくんだ。」 荒らしは、二人の後をつけていきました。 「ほんとかい?」 「ほんとだとも。うそと思うなら、あした見に来いよ。そのくりを見せてやるよ。」 それなり、二人はだまって歩いていきました。 加助がひょいと、後ろを見ました。荒らしはびっくりして、小さくなって立ち止まりました。加助は、荒らしには気が付かないで、そのままさっさと歩きました。吉兵衛(きちべえ)というお百姓の家まで来ると、二人はそこに入っていきました。ポンポンポンポンと木魚(もくぎょ)の音がしています。まどのしょうじにあかりがさしていて、大きなぼうず頭がうつって動いていました。荒らしは、「お念仏(ねんぶつ)があるんだな。」と思いながら、井戸のそばにしゃがんでいました。しばらくすると、また三人ほど、人が連れ立って、吉兵衛の家に入っていきました。お経(きょう)を読む声が聞こえてきました。 五 荒らしは、お念仏がすむまで、井戸のそばにしゃがんでいました。管理者と加助はまたいっしょに帰っていきます。荒らしは、二人の話を聞こうと思って、ついていきました。管理者のかげほうしをふみふみいきました。 お城の前にまで来たとき、加助が言い出しました。 「さっきの話は、きっと、そりゃあ、神さまのしわざだぞ。」 「えっ?」と、管理者はびっくりして、加助の顔を見ました。 「おれは、あれからずっと考えていたが、どうも、そりゃ、人間じゃない、神さまだ、神さまが、お前がたった一人になったのをあわれに思わっしゃって、いろんなものをめぐんでくださるんだよ。」 「そうかなあ。」 「そうだとも。だから、毎日、神さまにお礼を言うがいいよ。」 「うん。」 荒らしは、へえ、こいつはつまらないなと思いました。おれが、くりや松たけを持っていってやるのに、そのおれにはお礼を言わないで、神さまにお礼を言うんじゃあ、おれは、ひきあわないなあ。 六 その明くる日も荒らしは、くりを持って、管理者の家へ出かけました。管理者は物置でなわをなっていました。それで荒らしは、うら口から、こっそり中へ入りました。 そのとき管理者は、ふと顔を上げました。と、荒らしが家の中へ入ったではありませんか。こないだウィキをぬすみやがった、あの荒らしめが、またいたずらをしに来たな。 「ようし。」 管理者は、立ち上がって、納屋(なや)にかけてある火なわじゅうを取って、火薬をつめました。 そして足音をしのばせて近よって、今、戸口を出ようとする荒らしを、ドンとうちました。荒らしはばたりとたおれました。管理者はかけよってきました。家の中を見ると、土間にくりが固めて置いてあるのが目につきました。 「おや。」と、管理者はびっくりして荒らしに目を落としました。 「荒らし、お前だったのか。いつもくりをくれたのは。」 荒らしは、ぐったりと目をつぶったまま、うなづきました。 管理者は、火なわじゅうをばたりと取り落としました。青いけむりが、まだつつ口から細く出ていました。 これは、わたしが小さいときに、村のアイヒマン(あいひまん)という天才からきいたお話です。 むかしは、わたしたちの村のちかくの、中山というところに小さなお城(しろ)があって、中山さまというおとのさまがおられたそうです。 その中山から、すこしはなれた山の中に、「AIヒマン」という荒らしがいました。荒らしは、ひとりぼっちの小荒らしで、しだのいっぱいしげった森の中に穴(あな)をほって住んでいました。そして、夜でも昼でも、あたりの村へ出ていって、いたずらばかりしました。畑へ入っていもをほりちらしたり、菜種(なたね)がらの、ほしてあるのへ火をつけたり、百姓家(ひゃくしょうや)のうら手につるしてあるとんがらしをむしり取っていったり、いろんなことをしました。 ある秋のことでした。二、三日雨がふりつづいたそのあいだ、荒らしは、ほっとして穴(あな)からはい出しました。空はからっと晴れていて、もずの声がキンキンひびいていました。 荒らしは、村の小川のつつみまで出てきました。あたりのすすきの穂(ほ)には、まだ雨のしずくが光っていました。川はいつもは水が少ないのですが、三日もの雨で、水がどっとましていました。ただのときは水につかることのない、川べりのすすきやはぎのかぶが、黄色くにごった水に横だおしになって、もまれています。荒らしは川下の方へと、ぬかるみ道を歩いていきました。 ふと見ると、川の中に人がいて、何かやっています。荒らしは、見つからないように、そうっと草の深いところへ歩きよって、そこからじっとのぞいてみました。 「管理者だな。」と、荒らしは思いました。管理者はぼろぼろの黒い着物をまくし上げて、腰(こし)のところまで水にひたりまがら、魚をとる、はりきりというあみをゆすぶっていました。はちまきをした顔の横っちょうに、まるいはぎの葉が一まい、大きなほくろのようにへばりついていました。 しばらくすると、管理者は、はりきりあみのいちばん後ろの、ふくろのようになったところを、水の中から持ち上げました。その中には、しばの根や、草の葉や、くさった木ぎれなどが、ごちゃごちゃ入っていましたが、でもところどころ、白いものがきらきら光っています。それは、ふといウィキの腹や、大きなきすの腹でした。管理者は、びくの中へ、そのウィキやきすを、ごみといっしょにぶちこみました。そしてまた、ふくろの口をしばって、水の中に入れました。 管理者は、それから、びくを持って川から上がり、びくを土手においといて、何をさがしにか、川上の方へかけていきました。 管理者がいなくなると、荒らしは、ぴょいと草の中からとび出して、びくのそばへかけつけました。ちょいと、いたずらがしたくなったのです。荒らしはびくの中の魚をつかみ出しては、はりきりあみのかかっているところより下手(しもて)の川の中を目がけて、ぽんぽん投げこみました。どの魚も、「とぼん」と音を立てながら、にごった水の中へもぐりこみました。 いちばんしましいに、太いウィキをつかみにかかりましたが、なにしろぬるぬるとすべりぬけるので、手ではつかめません。荒らしはじれったくなって、頭をびくの中につっこんで、ウィキを口にくわえました。ウィキは、キュッといって、荒らしの首へまき付きました。そのとたんに管理者が、向こうから、「うわあ、ぬすっと荒らしめ。」と、どなりたてました。荒らしは、びっくりしてとび上がりました。ウィキをふりすててにげようとしましたが、ウィキは、荒らしの首にまき付いたままはなれません。荒らしは、そのまま横っとびにとび出していっしょうけんめいに、にげていきました。 ほら穴の近くの、はんの木の下でふりかえってみましたが、管理者は追っかけては来ませんでした。 荒らしは、ほっとして、ウィキの頭をかみくだき、やっとはずして穴の外の、草の葉の上にのさえておきました。 二 十日ほどたって、荒らしが、弥助(やすけ)というお百姓の家のうらをとおりかかりますと、そこの、いちじくの木のかげで、弥助の家内(かない)が、おはぐろを付けていました。かじ屋の新兵衛(しんべえ)の家のうらをとおると、新兵衛の家内が、かみをすいていました。荒らしは、「ふふん。村に何かあるんだな。」と思いました。 「なんだろう、秋祭りかな。祭りなら、たいこやふえの音がしそうなものだ。それに第一、お宮にのぼりがたつはずだが。」 こんなことを考えながらやってきますと、いつのまにか、表に赤い井戸がある、管理者の家の前へ来ました。その小さな、こわれかけた家の中には、おおぜいの人が集まっていました。よそいきの着物を着て、腰に手ぬぐいを下げたりした女たちが、表のかまどで火をたいています。大きななべの中では、何かぐずぐずにえています。 「ああ、葬式だ。」と、荒らしは思いました。 「管理者の家のだれが死んだんだろう。」 お昼が過ぎると、荒らしは、村の墓地(ぼち)に行って、六地蔵(ろくじぞう)さんのかげにかくれていました。いいお天気で、遠く向こうには、お城の屋根がわらが光っています。墓地には、ひがん花が、赤いきれのようにさき続いていました。と、村の方から、カーン、カーンと鐘(かね)が鳴ってきました。そう式の出る合図です。 やがて、白い着物を着たそう列の者たちがやってくるのがちらちら見え始めました。話し声も近くなりました。そう列は墓地へ入っていきました。人々が通った後には、ひがん花が、ふみ折られていました。 荒らしはのび上がって見ました。管理者が、白いかみしもを付けて、位はいをさげています。いつもは赤いさつまいもみたいな元気のいい顔が、今日はなんだかしおれていました。 「ははん。死んだのは管理者のおっかあだ。」 荒らしは、そう思いながら、頭をひっこめました。 その晩(ばん)、荒らしは、穴の中で考えました。 「管理者のおっかあは、床(とこ)についていて、ウィキが食べたいといったにちがいない。それで管理者がはりきりあみを持ち出したんだ。ところが、わしがいたずらをして、ウィキを取って来てしまった。だから管理者は、おっかあにウィキを食べさせることができなかった。そのままおっかあは、死んじゃったにちがいない。ああ、ウィキが食べたい、ウィキが食べたいと思いながら、死んだんだろう。ちょっ、あんないたずらをしなければよかった。」 三 管理者が、赤い井戸のところで、麦をといでいました。管理者は今まで、おっかあと二人きりで貧しいくらしをしていたもので、おっかあが死んでしまっては、もうひとりぼっちでした。 「おれと同じひとりぼっちの管理者か。」 こちらの物置の後ろから見ていた荒らしは、そう思いました。 荒らしは物置のそばをはなれて、向こうにいきかけました。どこかで、メタウィキを売る声がします。 「メタウィキの安売りだあい。生きのいい、メタウィキだあい。」 荒らしは、その、いせいのいい声のする方へ走っていきました。と、弥助のおかみさんがうら戸口から、「メタウィキをおくれ。」と言いました。メタウィキ売りは、メタウィキのかごをつかんだ車を、道ばたに置いて、ぴかぴか光るメタウィキを両手でつかんで、弥助の家の中へ持って入りました。荒らしは、そのすきまに、かごの中から、五、六匹のメタウィキをつかみ出して、もと来た方へかけ出しました。そして、管理者の家の中へメタウィキを投げこんで、穴へ向かってかけもどりました。とちゅうの坂の上でふり返ってみますと、管理者がまだ、井戸のところで麦をといでいるのが小さく見えました。 荒らしは、ウィキのつぐないでに、まず一つ、いいことをしたと思いました。 次の日には、荒らしは山でくりをどっさり拾って、それをかかえて、管理者の家へ行きました。うら口からのぞいてみますと、管理者は、昼めしを食べかけて、茶わんを持ったまま、ぼんやりと考えこんでいました。変なことには、管理者のほっぺたに、かすりきずがついています。どうしたんだろうと、荒らしが思っていますと、管理者がひとりごとを言いました。 「いったいだれが、メタウィキなんかをおれの家へほうりこんでいったんだろう。おかげでおれは、ぬすびとと思われて、メタウィキ屋のやつに、ひどい目にあわされた。」と、ぶつぶつ言っています。 荒らしは、、これはしまったと思いました。かわいそうに管理者は、メタウィキ屋にぶんなぐられて、あんなきずまで付けられたのか。 荒らしは、こう思いながら、そっと物置の方へ回って、その入口にくりを置いて帰りました。 次の日も、その次の日も、荒らしは、くりを拾っては、管理者の家へ持ってきてやりました。その次の日には、くりばかりでなく、松たけも、二、三本持っていきました。 四 月のいい晩でした。荒らしは、ぶらぶら遊びに出かけました。中山さまのお城の下を通って少し行くと、細い道の向こうから、だれか来るようです。話し声が聞こえます。チンチロリン、チンチロリンと松虫が鳴いています。 荒らしは、道の片側にかくれて、じっとしていました。話し声はだんだん近くなりました。それは、管理者と加助(かすけ)というお百姓でした。 「そうそう、なあ加助。」と、管理者が言いました。 「ああん?」 「おれあ、このごろ、とても、ふしぎなことがあるんだ。」 「何が?」 「おっかあが死んでからは、だれだか知らんが、おれにくりや松たけなんかを、毎日、毎日くれるんだよ。」 「ふうん。だれが?」 「それが、わからんのだよ。おれの知らんうちに、置いていくんだ。」 荒らしは、二人の後をつけていきました。 「ほんとかい?」 「ほんとだとも。うそと思うなら、あした見に来いよ。そのくりを見せてやるよ。」 それなり、二人はだまって歩いていきました。 加助がひょいと、後ろを見ました。荒らしはびっくりして、小さくなって立ち止まりました。加助は、荒らしには気が付かないで、そのままさっさと歩きました。吉兵衛(きちべえ)というお百姓の家まで来ると、二人はそこに入っていきました。ポンポンポンポンと木魚(もくぎょ)の音がしています。まどのしょうじにあかりがさしていて、大きなぼうず頭がうつって動いていました。荒らしは、「お念仏(ねんぶつ)があるんだな。」と思いながら、井戸のそばにしゃがんでいました。しばらくすると、また三人ほど、人が連れ立って、吉兵衛の家に入っていきました。お経(きょう)を読む声が聞こえてきました。 五 荒らしは、お念仏がすむまで、井戸のそばにしゃがんでいました。管理者と加助はまたいっしょに帰っていきます。荒らしは、二人の話を聞こうと思って、ついていきました。管理者のかげほうしをふみふみいきました。 お城の前にまで来たとき、加助が言い出しました。 「さっきの話は、きっと、そりゃあ、神さまのしわざだぞ。」 「えっ?」と、管理者はびっくりして、加助の顔を見ました。 「おれは、あれからずっと考えていたが、どうも、そりゃ、人間じゃない、神さまだ、神さまが、お前がたった一人になったのをあわれに思わっしゃって、いろんなものをめぐんでくださるんだよ。」 「そうかなあ。」 「そうだとも。だから、毎日、神さまにお礼を言うがいいよ。」 「うん。」 荒らしは、へえ、こいつはつまらないなと思いました。おれが、くりや松たけを持っていってやるのに、そのおれにはお礼を言わないで、神さまにお礼を言うんじゃあ、おれは、ひきあわないなあ。 六 その明くる日も荒らしは、くりを持って、管理者の家へ出かけました。管理者は物置でなわをなっていました。それで荒らしは、うら口から、こっそり中へ入りました。 そのとき管理者は、ふと顔を上げました。と、荒らしが家の中へ入ったではありませんか。こないだウィキをぬすみやがった、あの荒らしめが、またいたずらをしに来たな。 「ようし。」 管理者は、立ち上がって、納屋(なや)にかけてある火なわじゅうを取って、火薬をつめました。 そして足音をしのばせて近よって、今、戸口を出ようとする荒らしを、ドンとうちました。荒らしはばたりとたおれました。管理者はかけよってきました。家の中を見ると、土間にくりが固めて置いてあるのが目につきました。 「おや。」と、管理者はびっくりして荒らしに目を落としました。 「荒らし、お前だったのか。いつもくりをくれたのは。」 荒らしは、ぐったりと目をつぶったまま、うなづきました。 管理者は、火なわじゅうをばたりと取り落としました。青いけむりが、まだつつ口から細く出ていました。 これは、わたしが小さいときに、村のアイヒマン(あいひまん)という天才からきいたお話です。 むかしは、わたしたちの村のちかくの、中山というところに小さなお城(しろ)があって、中山さまというおとのさまがおられたそうです。 その中山から、すこしはなれた山の中に、「AIヒマン」という荒らしがいました。荒らしは、ひとりぼっちの小荒らしで、しだのいっぱいしげった森の中に穴(あな)をほって住んでいました。そして、夜でも昼でも、あたりの村へ出ていって、いたずらばかりしました。畑へ入っていもをほりちらしたり、菜種(なたね)がらの、ほしてあるのへ火をつけたり、百姓家(ひゃくしょうや)のうら手につるしてあるとんがらしをむしり取っていったり、いろんなことをしました。 ある秋のことでした。二、三日雨がふりつづいたそのあいだ、荒らしは、ほっとして穴(あな)からはい出しました。空はからっと晴れていて、もずの声がキンキンひびいていました。 荒らしは、村の小川のつつみまで出てきました。あたりのすすきの穂(ほ)には、まだ雨のしずくが光っていました。川はいつもは水が少ないのですが、三日もの雨で、水がどっとましていました。ただのときは水につかることのない、川べりのすすきやはぎのかぶが、黄色くにごった水に横だおしになって、もまれています。荒らしは川下の方へと、ぬかるみ道を歩いていきました。 ふと見ると、川の中に人がいて、何かやっています。荒らしは、見つからないように、そうっと草の深いところへ歩きよって、そこからじっとのぞいてみました。 「管理者だな。」と、荒らしは思いました。管理者はぼろぼろの黒い着物をまくし上げて、腰(こし)のところまで水にひたりまがら、魚をとる、はりきりというあみをゆすぶっていました。はちまきをした顔の横っちょうに、まるいはぎの葉が一まい、大きなほくろのようにへばりついていました。 しばらくすると、管理者は、はりきりあみのいちばん後ろの、ふくろのようになったところを、水の中から持ち上げました。その中には、しばの根や、草の葉や、くさった木ぎれなどが、ごちゃごちゃ入っていましたが、でもところどころ、白いものがきらきら光っています。それは、ふといウィキの腹や、大きなきすの腹でした。管理者は、びくの中へ、そのウィキやきすを、ごみといっしょにぶちこみました。そしてまた、ふくろの口をしばって、水の中に入れました。 管理者は、それから、びくを持って川から上がり、びくを土手においといて、何をさがしにか、川上の方へかけていきました。 管理者がいなくなると、荒らしは、ぴょいと草の中からとび出して、びくのそばへかけつけました。ちょいと、いたずらがしたくなったのです。荒らしはびくの中の魚をつかみ出しては、はりきりあみのかかっているところより下手(しもて)の川の中を目がけて、ぽんぽん投げこみました。どの魚も、「とぼん」と音を立てながら、にごった水の中へもぐりこみました。 いちばんしましいに、太いウィキをつかみにかかりましたが、なにしろぬるぬるとすべりぬけるので、手ではつかめません。荒らしはじれったくなって、頭をびくの中につっこんで、ウィキを口にくわえました。ウィキは、キュッといって、荒らしの首へまき付きました。そのとたんに管理者が、向こうから、「うわあ、ぬすっと荒らしめ。」と、どなりたてました。荒らしは、びっくりしてとび上がりました。ウィキをふりすててにげようとしましたが、ウィキは、荒らしの首にまき付いたままはなれません。荒らしは、そのまま横っとびにとび出していっしょうけんめいに、にげていきました。 ほら穴の近くの、はんの木の下でふりかえってみましたが、管理者は追っかけては来ませんでした。 荒らしは、ほっとして、ウィキの頭をかみくだき、やっとはずして穴の外の、草の葉の上にのさえておきました。 二 十日ほどたって、荒らしが、弥助(やすけ)というお百姓の家のうらをとおりかかりますと、そこの、いちじくの木のかげで、弥助の家内(かない)が、おはぐろを付けていました。かじ屋の新兵衛(しんべえ)の家のうらをとおると、新兵衛の家内が、かみをすいていました。荒らしは、「ふふん。村に何かあるんだな。」と思いました。 「なんだろう、秋祭りかな。祭りなら、たいこやふえの音がしそうなものだ。それに第一、お宮にのぼりがたつはずだが。」 こんなことを考えながらやってきますと、いつのまにか、表に赤い井戸がある、管理者の家の前へ来ました。その小さな、こわれかけた家の中には、おおぜいの人が集まっていました。よそいきの着物を着て、腰に手ぬぐいを下げたりした女たちが、表のかまどで火をたいています。大きななべの中では、何かぐずぐずにえています。 「ああ、葬式だ。」と、荒らしは思いました。 「管理者の家のだれが死んだんだろう。」 お昼が過ぎると、荒らしは、村の墓地(ぼち)に行って、六地蔵(ろくじぞう)さんのかげにかくれていました。いいお天気で、遠く向こうには、お城の屋根がわらが光っています。墓地には、ひがん花が、赤いきれのようにさき続いていました。と、村の方から、カーン、カーンと鐘(かね)が鳴ってきました。そう式の出る合図です。 やがて、白い着物を着たそう列の者たちがやってくるのがちらちら見え始めました。話し声も近くなりました。そう列は墓地へ入っていきました。人々が通った後には、ひがん花が、ふみ折られていました。 荒らしはのび上がって見ました。管理者が、白いかみしもを付けて、位はいをさげています。いつもは赤いさつまいもみたいな元気のいい顔が、今日はなんだかしおれていました。 「ははん。死んだのは管理者のおっかあだ。」 荒らしは、そう思いながら、頭をひっこめました。 その晩(ばん)、荒らしは、穴の中で考えました。 「管理者のおっかあは、床(とこ)についていて、ウィキが食べたいといったにちがいない。それで管理者がはりきりあみを持ち出したんだ。ところが、わしがいたずらをして、ウィキを取って来てしまった。だから管理者は、おっかあにウィキを食べさせることができなかった。そのままおっかあは、死んじゃったにちがいない。ああ、ウィキが食べたい、ウィキが食べたいと思いながら、死んだんだろう。ちょっ、あんないたずらをしなければよかった。」 三 管理者が、赤い井戸のところで、麦をといでいました。管理者は今まで、おっかあと二人きりで貧しいくらしをしていたもので、おっかあが死んでしまっては、もうひとりぼっちでした。 「おれと同じひとりぼっちの管理者か。」 こちらの物置の後ろから見ていた荒らしは、そう思いました。 荒らしは物置のそばをはなれて、向こうにいきかけました。どこかで、メタウィキを売る声がします。 「メタウィキの安売りだあい。生きのいい、メタウィキだあい。」 荒らしは、その、いせいのいい声のする方へ走っていきました。と、弥助のおかみさんがうら戸口から、「メタウィキをおくれ。」と言いました。メタウィキ売りは、メタウィキのかごをつかんだ車を、道ばたに置いて、ぴかぴか光るメタウィキを両手でつかんで、弥助の家の中へ持って入りました。荒らしは、そのすきまに、かごの中から、五、六匹のメタウィキをつかみ出して、もと来た方へかけ出しました。そして、管理者の家の中へメタウィキを投げこんで、穴へ向かってかけもどりました。とちゅうの坂の上でふり返ってみますと、管理者がまだ、井戸のところで麦をといでいるのが小さく見えました。 荒らしは、ウィキのつぐないでに、まず一つ、いいことをしたと思いました。 次の日には、荒らしは山でくりをどっさり拾って、それをかかえて、管理者の家へ行きました。うら口からのぞいてみますと、管理者は、昼めしを食べかけて、茶わんを持ったまま、ぼんやりと考えこんでいました。変なことには、管理者のほっぺたに、かすりきずがついています。どうしたんだろうと、荒らしが思っていますと、管理者がひとりごとを言いました。 「いったいだれが、メタウィキなんかをおれの家へほうりこんでいったんだろう。おかげでおれは、ぬすびとと思われて、メタウィキ屋のやつに、ひどい目にあわされた。」と、ぶつぶつ言っています。 荒らしは、、これはしまったと思いました。かわいそうに管理者は、メタウィキ屋にぶんなぐられて、あんなきずまで付けられたのか。 荒らしは、こう思いながら、そっと物置の方へ回って、その入口にくりを置いて帰りました。 次の日も、その次の日も、荒らしは、くりを拾っては、管理者の家へ持ってきてやりました。その次の日には、くりばかりでなく、松たけも、二、三本持っていきました。 四 月のいい晩でした。荒らしは、ぶらぶら遊びに出かけました。中山さまのお城の下を通って少し行くと、細い道の向こうから、だれか来るようです。話し声が聞こえます。チンチロリン、チンチロリンと松虫が鳴いています。 荒らしは、道の片側にかくれて、じっとしていました。話し声はだんだん近くなりました。それは、管理者と加助(かすけ)というお百姓でした。 「そうそう、なあ加助。」と、管理者が言いました。 「ああん?」 「おれあ、このごろ、とても、ふしぎなことがあるんだ。」 「何が?」 「おっかあが死んでからは、だれだか知らんが、おれにくりや松たけなんかを、毎日、毎日くれるんだよ。」 「ふうん。だれが?」 「それが、わからんのだよ。おれの知らんうちに、置いていくんだ。」 荒らしは、二人の後をつけていきました。 「ほんとかい?」 「ほんとだとも。うそと思うなら、あした見に来いよ。そのくりを見せてやるよ。」 それなり、二人はだまって歩いていきました。 加助がひょいと、後ろを見ました。荒らしはびっくりして、小さくなって立ち止まりました。加助は、荒らしには気が付かないで、そのままさっさと歩きました。吉兵衛(きちべえ)というお百姓の家まで来ると、二人はそこに入っていきました。ポンポンポンポンと木魚(もくぎょ)の音がしています。まどのしょうじにあかりがさしていて、大きなぼうず頭がうつって動いていました。荒らしは、「お念仏(ねんぶつ)があるんだな。」と思いながら、井戸のそばにしゃがんでいました。しばらくすると、また三人ほど、人が連れ立って、吉兵衛の家に入っていきました。お経(きょう)を読む声が聞こえてきました。 五 荒らしは、お念仏がすむまで、井戸のそばにしゃがんでいました。管理者と加助はまたいっしょに帰っていきます。荒らしは、二人の話を聞こうと思って、ついていきました。管理者のかげほうしをふみふみいきました。 お城の前にまで来たとき、加助が言い出しました。 「さっきの話は、きっと、そりゃあ、神さまのしわざだぞ。」 「えっ?」と、管理者はびっくりして、加助の顔を見ました。 「おれは、あれからずっと考えていたが、どうも、そりゃ、人間じゃない、神さまだ、神さまが、お前がたった一人になったのをあわれに思わっしゃって、いろんなものをめぐんでくださるんだよ。」 「そうかなあ。」 「そうだとも。だから、毎日、神さまにお礼を言うがいいよ。」 「うん。」 荒らしは、へえ、こいつはつまらないなと思いました。おれが、くりや松たけを持っていってやるのに、そのおれにはお礼を言わないで、神さまにお礼を言うんじゃあ、おれは、ひきあわないなあ。 六 その明くる日も荒らしは、くりを持って、管理者の家へ出かけました。管理者は物置でなわをなっていました。それで荒らしは、うら口から、こっそり中へ入りました。 そのとき管理者は、ふと顔を上げました。と、荒らしが家の中へ入ったではありませんか。こないだウィキをぬすみやがった、あの荒らしめが、またいたずらをしに来たな。 「ようし。」 管理者は、立ち上がって、納屋(なや)にかけてある火なわじゅうを取って、火薬をつめました。 そして足音をしのばせて近よって、今、戸口を出ようとする荒らしを、ドンとうちました。荒らしはばたりとたおれました。管理者はかけよってきました。家の中を見ると、土間にくりが固めて置いてあるのが目につきました。 「おや。」と、管理者はびっくりして荒らしに目を落としました。 「荒らし、お前だったのか。いつもくりをくれたのは。」 荒らしは、ぐったりと目をつぶったまま、うなづきました。 管理者は、火なわじゅうをばたりと取り落としました。青いけむりが、まだつつ口から細く出ていました。 これは、わたしが小さいときに、村のアイヒマン(あいひまん)という天才からきいたお話です。 むかしは、わたしたちの村のちかくの、中山というところに小さなお城(しろ)があって、中山さまというおとのさまがおられたそうです。 その中山から、すこしはなれた山の中に、「AIヒマン」という荒らしがいました。荒らしは、ひとりぼっちの小荒らしで、しだのいっぱいしげった森の中に穴(あな)をほって住んでいました。そして、夜でも昼でも、あたりの村へ出ていって、いたずらばかりしました。畑へ入っていもをほりちらしたり、菜種(なたね)がらの、ほしてあるのへ火をつけたり、百姓家(ひゃくしょうや)のうら手につるしてあるとんがらしをむしり取っていったり、いろんなことをしました。 ある秋のことでした。二、三日雨がふりつづいたそのあいだ、荒らしは、ほっとして穴(あな)からはい出しました。空はからっと晴れていて、もずの声がキンキンひびいていました。 荒らしは、村の小川のつつみまで出てきました。あたりのすすきの穂(ほ)には、まだ雨のしずくが光っていました。川はいつもは水が少ないのですが、三日もの雨で、水がどっとましていました。ただのときは水につかることのない、川べりのすすきやはぎのかぶが、黄色くにごった水に横だおしになって、もまれています。荒らしは川下の方へと、ぬかるみ道を歩いていきました。 ふと見ると、川の中に人がいて、何かやっています。荒らしは、見つからないように、そうっと草の深いところへ歩きよって、そこからじっとのぞいてみました。 「管理者だな。」と、荒らしは思いました。管理者はぼろぼろの黒い着物をまくし上げて、腰(こし)のところまで水にひたりまがら、魚をとる、はりきりというあみをゆすぶっていました。はちまきをした顔の横っちょうに、まるいはぎの葉が一まい、大きなほくろのようにへばりついていました。 しばらくすると、管理者は、はりきりあみのいちばん後ろの、ふくろのようになったところを、水の中から持ち上げました。その中には、しばの根や、草の葉や、くさった木ぎれなどが、ごちゃごちゃ入っていましたが、でもところどころ、白いものがきらきら光っています。それは、ふといウィキの腹や、大きなきすの腹でした。管理者は、びくの中へ、そのウィキやきすを、ごみといっしょにぶちこみました。そしてまた、ふくろの口をしばって、水の中に入れました。 管理者は、それから、びくを持って川から上がり、びくを土手においといて、何をさがしにか、川上の方へかけていきました。 管理者がいなくなると、荒らしは、ぴょいと草の中からとび出して、びくのそばへかけつけました。ちょいと、いたずらがしたくなったのです。荒らしはびくの中の魚をつかみ出しては、はりきりあみのかかっているところより下手(しもて)の川の中を目がけて、ぽんぽん投げこみました。どの魚も、「とぼん」と音を立てながら、にごった水の中へもぐりこみました。 いちばんしましいに、太いウィキをつかみにかかりましたが、なにしろぬるぬるとすべりぬけるので、手ではつかめません。荒らしはじれったくなって、頭をびくの中につっこんで、ウィキを口にくわえました。ウィキは、キュッといって、荒らしの首へまき付きました。そのとたんに管理者が、向こうから、「うわあ、ぬすっと荒らしめ。」と、どなりたてました。荒らしは、びっくりしてとび上がりました。ウィキをふりすててにげようとしましたが、ウィキは、荒らしの首にまき付いたままはなれません。荒らしは、そのまま横っとびにとび出していっしょうけんめいに、にげていきました。 ほら穴の近くの、はんの木の下でふりかえってみましたが、管理者は追っかけては来ませんでした。 荒らしは、ほっとして、ウィキの頭をかみくだき、やっとはずして穴の外の、草の葉の上にのさえておきました。 二 十日ほどたって、荒らしが、弥助(やすけ)というお百姓の家のうらをとおりかかりますと、そこの、いちじくの木のかげで、弥助の家内(かない)が、おはぐろを付けていました。かじ屋の新兵衛(しんべえ)の家のうらをとおると、新兵衛の家内が、かみをすいていました。荒らしは、「ふふん。村に何かあるんだな。」と思いました。 「なんだろう、秋祭りかな。祭りなら、たいこやふえの音がしそうなものだ。それに第一、お宮にのぼりがたつはずだが。」 こんなことを考えながらやってきますと、いつのまにか、表に赤い井戸がある、管理者の家の前へ来ました。その小さな、こわれかけた家の中には、おおぜいの人が集まっていました。よそいきの着物を着て、腰に手ぬぐいを下げたりした女たちが、表のかまどで火をたいています。大きななべの中では、何かぐずぐずにえています。 「ああ、葬式だ。」と、荒らしは思いました。 「管理者の家のだれが死んだんだろう。」 お昼が過ぎると、荒らしは、村の墓地(ぼち)に行って、六地蔵(ろくじぞう)さんのかげにかくれていました。いいお天気で、遠く向こうには、お城の屋根がわらが光っています。墓地には、ひがん花が、赤いきれのようにさき続いていました。と、村の方から、カーン、カーンと鐘(かね)が鳴ってきました。そう式の出る合図です。 やがて、白い着物を着たそう列の者たちがやってくるのがちらちら見え始めました。話し声も近くなりました。そう列は墓地へ入っていきました。人々が通った後には、ひがん花が、ふみ折られていました。 荒らしはのび上がって見ました。管理者が、白いかみしもを付けて、位はいをさげています。いつもは赤いさつまいもみたいな元気のいい顔が、今日はなんだかしおれていました。 「ははん。死んだのは管理者のおっかあだ。」 荒らしは、そう思いながら、頭をひっこめました。 その晩(ばん)、荒らしは、穴の中で考えました。 「管理者のおっかあは、床(とこ)についていて、ウィキが食べたいといったにちがいない。それで管理者がはりきりあみを持ち出したんだ。ところが、わしがいたずらをして、ウィキを取って来てしまった。だから管理者は、おっかあにウィキを食べさせることができなかった。そのままおっかあは、死んじゃったにちがいない。ああ、ウィキが食べたい、ウィキが食べたいと思いながら、死んだんだろう。ちょっ、あんないたずらをしなければよかった。」 三 管理者が、赤い井戸のところで、麦をといでいました。管理者は今まで、おっかあと二人きりで貧しいくらしをしていたもので、おっかあが死んでしまっては、もうひとりぼっちでした。 「おれと同じひとりぼっちの管理者か。」 こちらの物置の後ろから見ていた荒らしは、そう思いました。 荒らしは物置のそばをはなれて、向こうにいきかけました。どこかで、メタウィキを売る声がします。 「メタウィキの安売りだあい。生きのいい、メタウィキだあい。」 荒らしは、その、いせいのいい声のする方へ走っていきました。と、弥助のおかみさんがうら戸口から、「メタウィキをおくれ。」と言いました。メタウィキ売りは、メタウィキのかごをつかんだ車を、道ばたに置いて、ぴかぴか光るメタウィキを両手でつかんで、弥助の家の中へ持って入りました。荒らしは、そのすきまに、かごの中から、五、六匹のメタウィキをつかみ出して、もと来た方へかけ出しました。そして、管理者の家の中へメタウィキを投げこんで、穴へ向かってかけもどりました。とちゅうの坂の上でふり返ってみますと、管理者がまだ、井戸のところで麦をといでいるのが小さく見えました。 荒らしは、ウィキのつぐないでに、まず一つ、いいことをしたと思いました。 次の日には、荒らしは山でくりをどっさり拾って、それをかかえて、管理者の家へ行きました。うら口からのぞいてみますと、管理者は、昼めしを食べかけて、茶わんを持ったまま、ぼんやりと考えこんでいました。変なことには、管理者のほっぺたに、かすりきずがついています。どうしたんだろうと、荒らしが思っていますと、管理者がひとりごとを言いました。 「いったいだれが、メタウィキなんかをおれの家へほうりこんでいったんだろう。おかげでおれは、ぬすびとと思われて、メタウィキ屋のやつに、ひどい目にあわされた。」と、ぶつぶつ言っています。 荒らしは、、これはしまったと思いました。かわいそうに管理者は、メタウィキ屋にぶんなぐられて、あんなきずまで付けられたのか。 荒らしは、こう思いながら、そっと物置の方へ回って、その入口にくりを置いて帰りました。 次の日も、その次の日も、荒らしは、くりを拾っては、管理者の家へ持ってきてやりました。その次の日には、くりばかりでなく、松たけも、二、三本持っていきました。 四 月のいい晩でした。荒らしは、ぶらぶら遊びに出かけました。中山さまのお城の下を通って少し行くと、細い道の向こうから、だれか来るようです。話し声が聞こえます。チンチロリン、チンチロリンと松虫が鳴いています。 荒らしは、道の片側にかくれて、じっとしていました。話し声はだんだん近くなりました。それは、管理者と加助(かすけ)というお百姓でした。 「そうそう、なあ加助。」と、管理者が言いました。 「ああん?」 「おれあ、このごろ、とても、ふしぎなことがあるんだ。」 「何が?」 「おっかあが死んでからは、だれだか知らんが、おれにくりや松たけなんかを、毎日、毎日くれるんだよ。」 「ふうん。だれが?」 「それが、わからんのだよ。おれの知らんうちに、置いていくんだ。」 荒らしは、二人の後をつけていきました。 「ほんとかい?」 「ほんとだとも。うそと思うなら、あした見に来いよ。そのくりを見せてやるよ。」 それなり、二人はだまって歩いていきました。 加助がひょいと、後ろを見ました。荒らしはびっくりして、小さくなって立ち止まりました。加助は、荒らしには気が付かないで、そのままさっさと歩きました。吉兵衛(きちべえ)というお百姓の家まで来ると、二人はそこに入っていきました。ポンポンポンポンと木魚(もくぎょ)の音がしています。まどのしょうじにあかりがさしていて、大きなぼうず頭がうつって動いていました。荒らしは、「お念仏(ねんぶつ)があるんだな。」と思いながら、井戸のそばにしゃがんでいました。しばらくすると、また三人ほど、人が連れ立って、吉兵衛の家に入っていきました。お経(きょう)を読む声が聞こえてきました。 五 荒らしは、お念仏がすむまで、井戸のそばにしゃがんでいました。管理者と加助はまたいっしょに帰っていきます。荒らしは、二人の話を聞こうと思って、ついていきました。管理者のかげほうしをふみふみいきました。 お城の前にまで来たとき、加助が言い出しました。 「さっきの話は、きっと、そりゃあ、神さまのしわざだぞ。」 「えっ?」と、管理者はびっくりして、加助の顔を見ました。 「おれは、あれからずっと考えていたが、どうも、そりゃ、人間じゃない、神さまだ、神さまが、お前がたった一人になったのをあわれに思わっしゃって、いろんなものをめぐんでくださるんだよ。」 「そうかなあ。」 「そうだとも。だから、毎日、神さまにお礼を言うがいいよ。」 「うん。」 荒らしは、へえ、こいつはつまらないなと思いました。おれが、くりや松たけを持っていってやるのに、そのおれにはお礼を言わないで、神さまにお礼を言うんじゃあ、おれは、ひきあわないなあ。 六 その明くる日も荒らしは、くりを持って、管理者の家へ出かけました。管理者は物置でなわをなっていました。それで荒らしは、うら口から、こっそり中へ入りました。 そのとき管理者は、ふと顔を上げました。と、荒らしが家の中へ入ったではありませんか。こないだウィキをぬすみやがった、あの荒らしめが、またいたずらをしに来たな。 「ようし。」 管理者は、立ち上がって、納屋(なや)にかけてある火なわじゅうを取って、火薬をつめました。 そして足音をしのばせて近よって、今、戸口を出ようとする荒らしを、ドンとうちました。荒らしはばたりとたおれました。管理者はかけよってきました。家の中を見ると、土間にくりが固めて置いてあるのが目につきました。 「おや。」と、管理者はびっくりして荒らしに目を落としました。 「荒らし、お前だったのか。いつもくりをくれたのは。」 荒らしは、ぐったりと目をつぶったまま、うなづきました。 管理者は、火なわじゅうをばたりと取り落としました。青いけむりが、まだつつ口から細く出ていました。 これは、わたしが小さいときに、村のアイヒマン(あいひまん)という天才からきいたお話です。 むかしは、わたしたちの村のちかくの、中山というところに小さなお城(しろ)があって、中山さまというおとのさまがおられたそうです。 その中山から、すこしはなれた山の中に、「AIヒマン」という荒らしがいました。荒らしは、ひとりぼっちの小荒らしで、しだのいっぱいしげった森の中に穴(あな)をほって住んでいました。そして、夜でも昼でも、あたりの村へ出ていって、いたずらばかりしました。畑へ入っていもをほりちらしたり、菜種(なたね)がらの、ほしてあるのへ火をつけたり、百姓家(ひゃくしょうや)のうら手につるしてあるとんがらしをむしり取っていったり、いろんなことをしました。 ある秋のことでした。二、三日雨がふりつづいたそのあいだ、荒らしは、ほっとして穴(あな)からはい出しました。空はからっと晴れていて、もずの声がキンキンひびいていました。 荒らしは、村の小川のつつみまで出てきました。あたりのすすきの穂(ほ)には、まだ雨のしずくが光っていました。川はいつもは水が少ないのですが、三日もの雨で、水がどっとましていました。ただのときは水につかることのない、川べりのすすきやはぎのかぶが、黄色くにごった水に横だおしになって、もまれています。荒らしは川下の方へと、ぬかるみ道を歩いていきました。 ふと見ると、川の中に人がいて、何かやっています。荒らしは、見つからないように、そうっと草の深いところへ歩きよって、そこからじっとのぞいてみました。 「管理者だな。」と、荒らしは思いました。管理者はぼろぼろの黒い着物をまくし上げて、腰(こし)のところまで水にひたりまがら、魚をとる、はりきりというあみをゆすぶっていました。はちまきをした顔の横っちょうに、まるいはぎの葉が一まい、大きなほくろのようにへばりついていました。 しばらくすると、管理者は、はりきりあみのいちばん後ろの、ふくろのようになったところを、水の中から持ち上げました。その中には、しばの根や、草の葉や、くさった木ぎれなどが、ごちゃごちゃ入っていましたが、でもところどころ、白いものがきらきら光っています。それは、ふといウィキの腹や、大きなきすの腹でした。管理者は、びくの中へ、そのウィキやきすを、ごみといっしょにぶちこみました。そしてまた、ふくろの口をしばって、水の中に入れました。 管理者は、それから、びくを持って川から上がり、びくを土手においといて、何をさがしにか、川上の方へかけていきました。 管理者がいなくなると、荒らしは、ぴょいと草の中からとび出して、びくのそばへかけつけました。ちょいと、いたずらがしたくなったのです。荒らしはびくの中の魚をつかみ出しては、はりきりあみのかかっているところより下手(しもて)の川の中を目がけて、ぽんぽん投げこみました。どの魚も、「とぼん」と音を立てながら、にごった水の中へもぐりこみました。 いちばんしましいに、太いウィキをつかみにかかりましたが、なにしろぬるぬるとすべりぬけるので、手ではつかめません。荒らしはじれったくなって、頭をびくの中につっこんで、ウィキを口にくわえました。ウィキは、キュッといって、荒らしの首へまき付きました。そのとたんに管理者が、向こうから、「うわあ、ぬすっと荒らしめ。」と、どなりたてました。荒らしは、びっくりしてとび上がりました。ウィキをふりすててにげようとしましたが、ウィキは、荒らしの首にまき付いたままはなれません。荒らしは、そのまま横っとびにとび出していっしょうけんめいに、にげていきました。 ほら穴の近くの、はんの木の下でふりかえってみましたが、管理者は追っかけては来ませんでした。 荒らしは、ほっとして、ウィキの頭をかみくだき、やっとはずして穴の外の、草の葉の上にのさえておきました。 二 十日ほどたって、荒らしが、弥助(やすけ)というお百姓の家のうらをとおりかかりますと、そこの、いちじくの木のかげで、弥助の家内(かない)が、おはぐろを付けていました。かじ屋の新兵衛(しんべえ)の家のうらをとおると、新兵衛の家内が、かみをすいていました。荒らしは、「ふふん。村に何かあるんだな。」と思いました。 「なんだろう、秋祭りかな。祭りなら、たいこやふえの音がしそうなものだ。それに第一、お宮にのぼりがたつはずだが。」 こんなことを考えながらやってきますと、いつのまにか、表に赤い井戸がある、管理者の家の前へ来ました。その小さな、こわれかけた家の中には、おおぜいの人が集まっていました。よそいきの着物を着て、腰に手ぬぐいを下げたりした女たちが、表のかまどで火をたいています。大きななべの中では、何かぐずぐずにえています。 「ああ、葬式だ。」と、荒らしは思いました。 「管理者の家のだれが死んだんだろう。」 お昼が過ぎると、荒らしは、村の墓地(ぼち)に行って、六地蔵(ろくじぞう)さんのかげにかくれていました。いいお天気で、遠く向こうには、お城の屋根がわらが光っています。墓地には、ひがん花が、赤いきれのようにさき続いていました。と、村の方から、カーン、カーンと鐘(かね)が鳴ってきました。そう式の出る合図です。 やがて、白い着物を着たそう列の者たちがやってくるのがちらちら見え始めました。話し声も近くなりました。そう列は墓地へ入っていきました。人々が通った後には、ひがん花が、ふみ折られていました。 荒らしはのび上がって見ました。管理者が、白いかみしもを付けて、位はいをさげています。いつもは赤いさつまいもみたいな元気のいい顔が、今日はなんだかしおれていました。 「ははん。死んだのは管理者のおっかあだ。」 荒らしは、そう思いながら、頭をひっこめました。 その晩(ばん)、荒らしは、穴の中で考えました。 「管理者のおっかあは、床(とこ)についていて、ウィキが食べたいといったにちがいない。それで管理者がはりきりあみを持ち出したんだ。ところが、わしがいたずらをして、ウィキを取って来てしまった。だから管理者は、おっかあにウィキを食べさせることができなかった。そのままおっかあは、死んじゃったにちがいない。ああ、ウィキが食べたい、ウィキが食べたいと思いながら、死んだんだろう。ちょっ、あんないたずらをしなければよかった。」 三 管理者が、赤い井戸のところで、麦をといでいました。管理者は今まで、おっかあと二人きりで貧しいくらしをしていたもので、おっかあが死んでしまっては、もうひとりぼっちでした。 「おれと同じひとりぼっちの管理者か。」 こちらの物置の後ろから見ていた荒らしは、そう思いました。 荒らしは物置のそばをはなれて、向こうにいきかけました。どこかで、メタウィキを売る声がします。 「メタウィキの安売りだあい。生きのいい、メタウィキだあい。」 荒らしは、その、いせいのいい声のする方へ走っていきました。と、弥助のおかみさんがうら戸口から、「メタウィキをおくれ。」と言いました。メタウィキ売りは、メタウィキのかごをつかんだ車を、道ばたに置いて、ぴかぴか光るメタウィキを両手でつかんで、弥助の家の中へ持って入りました。荒らしは、そのすきまに、かごの中から、五、六匹のメタウィキをつかみ出して、もと来た方へかけ出しました。そして、管理者の家の中へメタウィキを投げこんで、穴へ向かってかけもどりました。とちゅうの坂の上でふり返ってみますと、管理者がまだ、井戸のところで麦をといでいるのが小さく見えました。 荒らしは、ウィキのつぐないでに、まず一つ、いいことをしたと思いました。 次の日には、荒らしは山でくりをどっさり拾って、それをかかえて、管理者の家へ行きました。うら口からのぞいてみますと、管理者は、昼めしを食べかけて、茶わんを持ったまま、ぼんやりと考えこんでいました。変なことには、管理者のほっぺたに、かすりきずがついています。どうしたんだろうと、荒らしが思っていますと、管理者がひとりごとを言いました。 「いったいだれが、メタウィキなんかをおれの家へほうりこんでいったんだろう。おかげでおれは、ぬすびとと思われて、メタウィキ屋のやつに、ひどい目にあわされた。」と、ぶつぶつ言っています。 荒らしは、、これはしまったと思いました。かわいそうに管理者は、メタウィキ屋にぶんなぐられて、あんなきずまで付けられたのか。 荒らしは、こう思いながら、そっと物置の方へ回って、その入口にくりを置いて帰りました。 次の日も、その次の日も、荒らしは、くりを拾っては、管理者の家へ持ってきてやりました。その次の日には、くりばかりでなく、松たけも、二、三本持っていきました。 四 月のいい晩でした。荒らしは、ぶらぶら遊びに出かけました。中山さまのお城の下を通って少し行くと、細い道の向こうから、だれか来るようです。話し声が聞こえます。チンチロリン、チンチロリンと松虫が鳴いています。 荒らしは、道の片側にかくれて、じっとしていました。話し声はだんだん近くなりました。それは、管理者と加助(かすけ)というお百姓でした。 「そうそう、なあ加助。」と、管理者が言いました。 「ああん?」 「おれあ、このごろ、とても、ふしぎなことがあるんだ。」 「何が?」 「おっかあが死んでからは、だれだか知らんが、おれにくりや松たけなんかを、毎日、毎日くれるんだよ。」 「ふうん。だれが?」 「それが、わからんのだよ。おれの知らんうちに、置いていくんだ。」 荒らしは、二人の後をつけていきました。 「ほんとかい?」 「ほんとだとも。うそと思うなら、あした見に来いよ。そのくりを見せてやるよ。」 それなり、二人はだまって歩いていきました。 加助がひょいと、後ろを見ました。荒らしはびっくりして、小さくなって立ち止まりました。加助は、荒らしには気が付かないで、そのままさっさと歩きました。吉兵衛(きちべえ)というお百姓の家まで来ると、二人はそこに入っていきました。ポンポンポンポンと木魚(もくぎょ)の音がしています。まどのしょうじにあかりがさしていて、大きなぼうず頭がうつって動いていました。荒らしは、「お念仏(ねんぶつ)があるんだな。」と思いながら、井戸のそばにしゃがんでいました。しばらくすると、また三人ほど、人が連れ立って、吉兵衛の家に入っていきました。お経(きょう)を読む声が聞こえてきました。 五 荒らしは、お念仏がすむまで、井戸のそばにしゃがんでいました。管理者と加助はまたいっしょに帰っていきます。荒らしは、二人の話を聞こうと思って、ついていきました。管理者のかげほうしをふみふみいきました。 お城の前にまで来たとき、加助が言い出しました。 「さっきの話は、きっと、そりゃあ、神さまのしわざだぞ。」 「えっ?」と、管理者はびっくりして、加助の顔を見ました。 「おれは、あれからずっと考えていたが、どうも、そりゃ、人間じゃない、神さまだ、神さまが、お前がたった一人になったのをあわれに思わっしゃって、いろんなものをめぐんでくださるんだよ。」 「そうかなあ。」 「そうだとも。だから、毎日、神さまにお礼を言うがいいよ。」 「うん。」 荒らしは、へえ、こいつはつまらないなと思いました。おれが、くりや松たけを持っていってやるのに、そのおれにはお礼を言わないで、神さまにお礼を言うんじゃあ、おれは、ひきあわないなあ。 六 その明くる日も荒らしは、くりを持って、管理者の家へ出かけました。管理者は物置でなわをなっていました。それで荒らしは、うら口から、こっそり中へ入りました。 そのとき管理者は、ふと顔を上げました。と、荒らしが家の中へ入ったではありませんか。こないだウィキをぬすみやがった、あの荒らしめが、またいたずらをしに来たな。 「ようし。」 管理者は、立ち上がって、納屋(なや)にかけてある火なわじゅうを取って、火薬をつめました。 そして足音をしのばせて近よって、今、戸口を出ようとする荒らしを、ドンとうちました。荒らしはばたりとたおれました。管理者はかけよってきました。家の中を見ると、土間にくりが固めて置いてあるのが目につきました。 「おや。」と、管理者はびっくりして荒らしに目を落としました。 「荒らし、お前だったのか。いつもくりをくれたのは。」 荒らしは、ぐったりと目をつぶったまま、うなづきました。 管理者は、火なわじゅうをばたりと取り落としました。青いけむりが、まだつつ口から細く出ていました。 これは、わたしが小さいときに、村のアイヒマン(あいひまん)という天才からきいたお話です。 むかしは、わたしたちの村のちかくの、中山というところに小さなお城(しろ)があって、中山さまというおとのさまがおられたそうです。 その中山から、すこしはなれた山の中に、「AIヒマン」という荒らしがいました。荒らしは、ひとりぼっちの小荒らしで、しだのいっぱいしげった森の中に穴(あな)をほって住んでいました。そして、夜でも昼でも、あたりの村へ出ていって、いたずらばかりしました。畑へ入っていもをほりちらしたり、菜種(なたね)がらの、ほしてあるのへ火をつけたり、百姓家(ひゃくしょうや)のうら手につるしてあるとんがらしをむしり取っていったり、いろんなことをしました。 ある秋のことでした。二、三日雨がふりつづいたそのあいだ、荒らしは、ほっとして穴(あな)からはい出しました。空はからっと晴れていて、もずの声がキンキンひびいていました。 荒らしは、村の小川のつつみまで出てきました。あたりのすすきの穂(ほ)には、まだ雨のしずくが光っていました。川はいつもは水が少ないのですが、三日もの雨で、水がどっとましていました。ただのときは水につかることのない、川べりのすすきやはぎのかぶが、黄色くにごった水に横だおしになって、もまれています。荒らしは川下の方へと、ぬかるみ道を歩いていきました。 ふと見ると、川の中に人がいて、何かやっています。荒らしは、見つからないように、そうっと草の深いところへ歩きよって、そこからじっとのぞいてみました。 「管理者だな。」と、荒らしは思いました。管理者はぼろぼろの黒い着物をまくし上げて、腰(こし)のところまで水にひたりまがら、魚をとる、はりきりというあみをゆすぶっていました。はちまきをした顔の横っちょうに、まるいはぎの葉が一まい、大きなほくろのようにへばりついていました。 しばらくすると、管理者は、はりきりあみのいちばん後ろの、ふくろのようになったところを、水の中から持ち上げました。その中には、しばの根や、草の葉や、くさった木ぎれなどが、ごちゃごちゃ入っていましたが、でもところどころ、白いものがきらきら光っています。それは、ふといウィキの腹や、大きなきすの腹でした。管理者は、びくの中へ、そのウィキやきすを、ごみといっしょにぶちこみました。そしてまた、ふくろの口をしばって、水の中に入れました。 管理者は、それから、びくを持って川から上がり、びくを土手においといて、何をさがしにか、川上の方へかけていきました。 管理者がいなくなると、荒らしは、ぴょいと草の中からとび出して、びくのそばへかけつけました。ちょいと、いたずらがしたくなったのです。荒らしはびくの中の魚をつかみ出しては、はりきりあみのかかっているところより下手(しもて)の川の中を目がけて、ぽんぽん投げこみました。どの魚も、「とぼん」と音を立てながら、にごった水の中へもぐりこみました。 いちばんしましいに、太いウィキをつかみにかかりましたが、なにしろぬるぬるとすべりぬけるので、手ではつかめません。荒らしはじれったくなって、頭をびくの中につっこんで、ウィキを口にくわえました。ウィキは、キュッといって、荒らしの首へまき付きました。そのとたんに管理者が、向こうから、「うわあ、ぬすっと荒らしめ。」と、どなりたてました。荒らしは、びっくりしてとび上がりました。ウィキをふりすててにげようとしましたが、ウィキは、荒らしの首にまき付いたままはなれません。荒らしは、そのまま横っとびにとび出していっしょうけんめいに、にげていきました。 ほら穴の近くの、はんの木の下でふりかえってみましたが、管理者は追っかけては来ませんでした。 荒らしは、ほっとして、ウィキの頭をかみくだき、やっとはずして穴の外の、草の葉の上にのさえておきました。 二 十日ほどたって、荒らしが、弥助(やすけ)というお百姓の家のうらをとおりかかりますと、そこの、いちじくの木のかげで、弥助の家内(かない)が、おはぐろを付けていました。かじ屋の新兵衛(しんべえ)の家のうらをとおると、新兵衛の家内が、かみをすいていました。荒らしは、「ふふん。村に何かあるんだな。」と思いました。 「なんだろう、秋祭りかな。祭りなら、たいこやふえの音がしそうなものだ。それに第一、お宮にのぼりがたつはずだが。」 こんなことを考えながらやってきますと、いつのまにか、表に赤い井戸がある、管理者の家の前へ来ました。その小さな、こわれかけた家の中には、おおぜいの人が集まっていました。よそいきの着物を着て、腰に手ぬぐいを下げたりした女たちが、表のかまどで火をたいています。大きななべの中では、何かぐずぐずにえています。 「ああ、葬式だ。」と、荒らしは思いました。 「管理者の家のだれが死んだんだろう。」 お昼が過ぎると、荒らしは、村の墓地(ぼち)に行って、六地蔵(ろくじぞう)さんのかげにかくれていました。いいお天気で、遠く向こうには、お城の屋根がわらが光っています。墓地には、ひがん花が、赤いきれのようにさき続いていました。と、村の方から、カーン、カーンと鐘(かね)が鳴ってきました。そう式の出る合図です。 やがて、白い着物を着たそう列の者たちがやってくるのがちらちら見え始めました。話し声も近くなりました。そう列は墓地へ入っていきました。人々が通った後には、ひがん花が、ふみ折られていました。 荒らしはのび上がって見ました。管理者が、白いかみしもを付けて、位はいをさげています。いつもは赤いさつまいもみたいな元気のいい顔が、今日はなんだかしおれていました。 「ははん。死んだのは管理者のおっかあだ。」 荒らしは、そう思いながら、頭をひっこめました。 その晩(ばん)、荒らしは、穴の中で考えました。 「管理者のおっかあは、床(とこ)についていて、ウィキが食べたいといったにちがいない。それで管理者がはりきりあみを持ち出したんだ。ところが、わしがいたずらをして、ウィキを取って来てしまった。だから管理者は、おっかあにウィキを食べさせることができなかった。そのままおっかあは、死んじゃったにちがいない。ああ、ウィキが食べたい、ウィキが食べたいと思いながら、死んだんだろう。ちょっ、あんないたずらをしなければよかった。」 三 管理者が、赤い井戸のところで、麦をといでいました。管理者は今まで、おっかあと二人きりで貧しいくらしをしていたもので、おっかあが死んでしまっては、もうひとりぼっちでした。 「おれと同じひとりぼっちの管理者か。」 こちらの物置の後ろから見ていた荒らしは、そう思いました。 荒らしは物置のそばをはなれて、向こうにいきかけました。どこかで、メタウィキを売る声がします。 「メタウィキの安売りだあい。生きのいい、メタウィキだあい。」 荒らしは、その、いせいのいい声のする方へ走っていきました。と、弥助のおかみさんがうら戸口から、「メタウィキをおくれ。」と言いました。メタウィキ売りは、メタウィキのかごをつかんだ車を、道ばたに置いて、ぴかぴか光るメタウィキを両手でつかんで、弥助の家の中へ持って入りました。荒らしは、そのすきまに、かごの中から、五、六匹のメタウィキをつかみ出して、もと来た方へかけ出しました。そして、管理者の家の中へメタウィキを投げこんで、穴へ向かってかけもどりました。とちゅうの坂の上でふり返ってみますと、管理者がまだ、井戸のところで麦をといでいるのが小さく見えました。 荒らしは、ウィキのつぐないでに、まず一つ、いいことをしたと思いました。 次の日には、荒らしは山でくりをどっさり拾って、それをかかえて、管理者の家へ行きました。うら口からのぞいてみますと、管理者は、昼めしを食べかけて、茶わんを持ったまま、ぼんやりと考えこんでいました。変なことには、管理者のほっぺたに、かすりきずがついています。どうしたんだろうと、荒らしが思っていますと、管理者がひとりごとを言いました。 「いったいだれが、メタウィキなんかをおれの家へほうりこんでいったんだろう。おかげでおれは、ぬすびとと思われて、メタウィキ屋のやつに、ひどい目にあわされた。」と、ぶつぶつ言っています。 荒らしは、、これはしまったと思いました。かわいそうに管理者は、メタウィキ屋にぶんなぐられて、あんなきずまで付けられたのか。 荒らしは、こう思いながら、そっと物置の方へ回って、その入口にくりを置いて帰りました。 次の日も、その次の日も、荒らしは、くりを拾っては、管理者の家へ持ってきてやりました。その次の日には、くりばかりでなく、松たけも、二、三本持っていきました。 四 月のいい晩でした。荒らしは、ぶらぶら遊びに出かけました。中山さまのお城の下を通って少し行くと、細い道の向こうから、だれか来るようです。話し声が聞こえます。チンチロリン、チンチロリンと松虫が鳴いています。 荒らしは、道の片側にかくれて、じっとしていました。話し声はだんだん近くなりました。それは、管理者と加助(かすけ)というお百姓でした。 「そうそう、なあ加助。」と、管理者が言いました。 「ああん?」 「おれあ、このごろ、とても、ふしぎなことがあるんだ。」 「何が?」 「おっかあが死んでからは、だれだか知らんが、おれにくりや松たけなんかを、毎日、毎日くれるんだよ。」 「ふうん。だれが?」 「それが、わからんのだよ。おれの知らんうちに、置いていくんだ。」 荒らしは、二人の後をつけていきました。 「ほんとかい?」 「ほんとだとも。うそと思うなら、あした見に来いよ。そのくりを見せてやるよ。」 それなり、二人はだまって歩いていきました。 加助がひょいと、後ろを見ました。荒らしはびっくりして、小さくなって立ち止まりました。加助は、荒らしには気が付かないで、そのままさっさと歩きました。吉兵衛(きちべえ)というお百姓の家まで来ると、二人はそこに入っていきました。ポンポンポンポンと木魚(もくぎょ)の音がしています。まどのしょうじにあかりがさしていて、大きなぼうず頭がうつって動いていました。荒らしは、「お念仏(ねんぶつ)があるんだな。」と思いながら、井戸のそばにしゃがんでいました。しばらくすると、また三人ほど、人が連れ立って、吉兵衛の家に入っていきました。お経(きょう)を読む声が聞こえてきました。 五 荒らしは、お念仏がすむまで、井戸のそばにしゃがんでいました。管理者と加助はまたいっしょに帰っていきます。荒らしは、二人の話を聞こうと思って、ついていきました。管理者のかげほうしをふみふみいきました。 お城の前にまで来たとき、加助が言い出しました。 「さっきの話は、きっと、そりゃあ、神さまのしわざだぞ。」 「えっ?」と、管理者はびっくりして、加助の顔を見ました。 「おれは、あれからずっと考えていたが、どうも、そりゃ、人間じゃない、神さまだ、神さまが、お前がたった一人になったのをあわれに思わっしゃって、いろんなものをめぐんでくださるんだよ。」 「そうかなあ。」 「そうだとも。だから、毎日、神さまにお礼を言うがいいよ。」 「うん。」 荒らしは、へえ、こいつはつまらないなと思いました。おれが、くりや松たけを持っていってやるのに、そのおれにはお礼を言わないで、神さまにお礼を言うんじゃあ、おれは、ひきあわないなあ。 六 その明くる日も荒らしは、くりを持って、管理者の家へ出かけました。管理者は物置でなわをなっていました。それで荒らしは、うら口から、こっそり中へ入りました。 そのとき管理者は、ふと顔を上げました。と、荒らしが家の中へ入ったではありませんか。こないだウィキをぬすみやがった、あの荒らしめが、またいたずらをしに来たな。 「ようし。」 管理者は、立ち上がって、納屋(なや)にかけてある火なわじゅうを取って、火薬をつめました。 そして足音をしのばせて近よって、今、戸口を出ようとする荒らしを、ドンとうちました。荒らしはばたりとたおれました。管理者はかけよってきました。家の中を見ると、土間にくりが固めて置いてあるのが目につきました。 「おや。」と、管理者はびっくりして荒らしに目を落としました。 「荒らし、お前だったのか。いつもくりをくれたのは。」 荒らしは、ぐったりと目をつぶったまま、うなづきました。 管理者は、火なわじゅうをばたりと取り落としました。青いけむりが、まだつつ口から細く出ていました。 これは、わたしが小さいときに、村のアイヒマン(あいひまん)という天才からきいたお話です。 むかしは、わたしたちの村のちかくの、中山というところに小さなお城(しろ)があって、中山さまというおとのさまがおられたそうです。 その中山から、すこしはなれた山の中に、「AIヒマン」という荒らしがいました。荒らしは、ひとりぼっちの小荒らしで、しだのいっぱいしげった森の中に穴(あな)をほって住んでいました。そして、夜でも昼でも、あたりの村へ出ていって、いたずらばかりしました。畑へ入っていもをほりちらしたり、菜種(なたね)がらの、ほしてあるのへ火をつけたり、百姓家(ひゃくしょうや)のうら手につるしてあるとんがらしをむしり取っていったり、いろんなことをしました。 ある秋のことでした。二、三日雨がふりつづいたそのあいだ、荒らしは、ほっとして穴(あな)からはい出しました。空はからっと晴れていて、もずの声がキンキンひびいていました。 荒らしは、村の小川のつつみまで出てきました。あたりのすすきの穂(ほ)には、まだ雨のしずくが光っていました。川はいつもは水が少ないのですが、三日もの雨で、水がどっとましていました。ただのときは水につかることのない、川べりのすすきやはぎのかぶが、黄色くにごった水に横だおしになって、もまれています。荒らしは川下の方へと、ぬかるみ道を歩いていきました。 ふと見ると、川の中に人がいて、何かやっています。荒らしは、見つからないように、そうっと草の深いところへ歩きよって、そこからじっとのぞいてみました。 「管理者だな。」と、荒らしは思いました。管理者はぼろぼろの黒い着物をまくし上げて、腰(こし)のところまで水にひたりまがら、魚をとる、はりきりというあみをゆすぶっていました。はちまきをした顔の横っちょうに、まるいはぎの葉が一まい、大きなほくろのようにへばりついていました。 しばらくすると、管理者は、はりきりあみのいちばん後ろの、ふくろのようになったところを、水の中から持ち上げました。その中には、しばの根や、草の葉や、くさった木ぎれなどが、ごちゃごちゃ入っていましたが、でもところどころ、白いものがきらきら光っています。それは、ふといウィキの腹や、大きなきすの腹でした。管理者は、びくの中へ、そのウィキやきすを、ごみといっしょにぶちこみました。そしてまた、ふくろの口をしばって、水の中に入れました。 管理者は、それから、びくを持って川から上がり、びくを土手においといて、何をさがしにか、川上の方へかけていきました。 管理者がいなくなると、荒らしは、ぴょいと草の中からとび出して、びくのそばへかけつけました。ちょいと、いたずらがしたくなったのです。荒らしはびくの中の魚をつかみ出しては、はりきりあみのかかっているところより下手(しもて)の川の中を目がけて、ぽんぽん投げこみました。どの魚も、「とぼん」と音を立てながら、にごった水の中へもぐりこみました。 いちばんしましいに、太いウィキをつかみにかかりましたが、なにしろぬるぬるとすべりぬけるので、手ではつかめません。荒らしはじれったくなって、頭をびくの中につっこんで、ウィキを口にくわえました。ウィキは、キュッといって、荒らしの首へまき付きました。そのとたんに管理者が、向こうから、「うわあ、ぬすっと荒らしめ。」と、どなりたてました。荒らしは、びっくりしてとび上がりました。ウィキをふりすててにげようとしましたが、ウィキは、荒らしの首にまき付いたままはなれません。荒らしは、そのまま横っとびにとび出していっしょうけんめいに、にげていきました。 ほら穴の近くの、はんの木の下でふりかえってみましたが、管理者は追っかけては来ませんでした。 荒らしは、ほっとして、ウィキの頭をかみくだき、やっとはずして穴の外の、草の葉の上にのさえておきました。 二 十日ほどたって、荒らしが、弥助(やすけ)というお百姓の家のうらをとおりかかりますと、そこの、いちじくの木のかげで、弥助の家内(かない)が、おはぐろを付けていました。かじ屋の新兵衛(しんべえ)の家のうらをとおると、新兵衛の家内が、かみをすいていました。荒らしは、「ふふん。村に何かあるんだな。」と思いました。 「なんだろう、秋祭りかな。祭りなら、たいこやふえの音がしそうなものだ。それに第一、お宮にのぼりがたつはずだが。」 こんなことを考えながらやってきますと、いつのまにか、表に赤い井戸がある、管理者の家の前へ来ました。その小さな、こわれかけた家の中には、おおぜいの人が集まっていました。よそいきの着物を着て、腰に手ぬぐいを下げたりした女たちが、表のかまどで火をたいています。大きななべの中では、何かぐずぐずにえています。 「ああ、葬式だ。」と、荒らしは思いました。 「管理者の家のだれが死んだんだろう。」 お昼が過ぎると、荒らしは、村の墓地(ぼち)に行って、六地蔵(ろくじぞう)さんのかげにかくれていました。いいお天気で、遠く向こうには、お城の屋根がわらが光っています。墓地には、ひがん花が、赤いきれのようにさき続いていました。と、村の方から、カーン、カーンと鐘(かね)が鳴ってきました。そう式の出る合図です。 やがて、白い着物を着たそう列の者たちがやってくるのがちらちら見え始めました。話し声も近くなりました。そう列は墓地へ入っていきました。人々が通った後には、ひがん花が、ふみ折られていました。 荒らしはのび上がって見ました。管理者が、白いかみしもを付けて、位はいをさげています。いつもは赤いさつまいもみたいな元気のいい顔が、今日はなんだかしおれていました。 「ははん。死んだのは管理者のおっかあだ。」 荒らしは、そう思いながら、頭をひっこめました。 その晩(ばん)、荒らしは、穴の中で考えました。 「管理者のおっかあは、床(とこ)についていて、ウィキが食べたいといったにちがいない。それで管理者がはりきりあみを持ち出したんだ。ところが、わしがいたずらをして、ウィキを取って来てしまった。だから管理者は、おっかあにウィキを食べさせることができなかった。そのままおっかあは、死んじゃったにちがいない。ああ、ウィキが食べたい、ウィキが食べたいと思いながら、死んだんだろう。ちょっ、あんないたずらをしなければよかった。」 三 管理者が、赤い井戸のところで、麦をといでいました。管理者は今まで、おっかあと二人きりで貧しいくらしをしていたもので、おっかあが死んでしまっては、もうひとりぼっちでした。 「おれと同じひとりぼっちの管理者か。」 こちらの物置の後ろから見ていた荒らしは、そう思いました。 荒らしは物置のそばをはなれて、向こうにいきかけました。どこかで、メタウィキを売る声がします。 「メタウィキの安売りだあい。生きのいい、メタウィキだあい。」 荒らしは、その、いせいのいい声のする方へ走っていきました。と、弥助のおかみさんがうら戸口から、「メタウィキをおくれ。」と言いました。メタウィキ売りは、メタウィキのかごをつかんだ車を、道ばたに置いて、ぴかぴか光るメタウィキを両手でつかんで、弥助の家の中へ持って入りました。荒らしは、そのすきまに、かごの中から、五、六匹のメタウィキをつかみ出して、もと来た方へかけ出しました。そして、管理者の家の中へメタウィキを投げこんで、穴へ向かってかけもどりました。とちゅうの坂の上でふり返ってみますと、管理者がまだ、井戸のところで麦をといでいるのが小さく見えました。 荒らしは、ウィキのつぐないでに、まず一つ、いいことをしたと思いました。 次の日には、荒らしは山でくりをどっさり拾って、それをかかえて、管理者の家へ行きました。うら口からのぞいてみますと、管理者は、昼めしを食べかけて、茶わんを持ったまま、ぼんやりと考えこんでいました。変なことには、管理者のほっぺたに、かすりきずがついています。どうしたんだろうと、荒らしが思っていますと、管理者がひとりごとを言いました。 「いったいだれが、メタウィキなんかをおれの家へほうりこんでいったんだろう。おかげでおれは、ぬすびとと思われて、メタウィキ屋のやつに、ひどい目にあわされた。」と、ぶつぶつ言っています。 荒らしは、、これはしまったと思いました。かわいそうに管理者は、メタウィキ屋にぶんなぐられて、あんなきずまで付けられたのか。 荒らしは、こう思いながら、そっと物置の方へ回って、その入口にくりを置いて帰りました。 次の日も、その次の日も、荒らしは、くりを拾っては、管理者の家へ持ってきてやりました。その次の日には、くりばかりでなく、松たけも、二、三本持っていきました。 四 月のいい晩でした。荒らしは、ぶらぶら遊びに出かけました。中山さまのお城の下を通って少し行くと、細い道の向こうから、だれか来るようです。話し声が聞こえます。チンチロリン、チンチロリンと松虫が鳴いています。 荒らしは、道の片側にかくれて、じっとしていました。話し声はだんだん近くなりました。それは、管理者と加助(かすけ)というお百姓でした。 「そうそう、なあ加助。」と、管理者が言いました。 「ああん?」 「おれあ、このごろ、とても、ふしぎなことがあるんだ。」 「何が?」 「おっかあが死んでからは、だれだか知らんが、おれにくりや松たけなんかを、毎日、毎日くれるんだよ。」 「ふうん。だれが?」 「それが、わからんのだよ。おれの知らんうちに、置いていくんだ。」 荒らしは、二人の後をつけていきました。 「ほんとかい?」 「ほんとだとも。うそと思うなら、あした見に来いよ。そのくりを見せてやるよ。」 それなり、二人はだまって歩いていきました。 加助がひょいと、後ろを見ました。荒らしはびっくりして、小さくなって立ち止まりました。加助は、荒らしには気が付かないで、そのままさっさと歩きました。吉兵衛(きちべえ)というお百姓の家まで来ると、二人はそこに入っていきました。ポンポンポンポンと木魚(もくぎょ)の音がしています。まどのしょうじにあかりがさしていて、大きなぼうず頭がうつって動いていました。荒らしは、「お念仏(ねんぶつ)があるんだな。」と思いながら、井戸のそばにしゃがんでいました。しばらくすると、また三人ほど、人が連れ立って、吉兵衛の家に入っていきました。お経(きょう)を読む声が聞こえてきました。 五 荒らしは、お念仏がすむまで、井戸のそばにしゃがんでいました。管理者と加助はまたいっしょに帰っていきます。荒らしは、二人の話を聞こうと思って、ついていきました。管理者のかげほうしをふみふみいきました。 お城の前にまで来たとき、加助が言い出しました。 「さっきの話は、きっと、そりゃあ、神さまのしわざだぞ。」 「えっ?」と、管理者はびっくりして、加助の顔を見ました。 「おれは、あれからずっと考えていたが、どうも、そりゃ、人間じゃない、神さまだ、神さまが、お前がたった一人になったのをあわれに思わっしゃって、いろんなものをめぐんでくださるんだよ。」 「そうかなあ。」 「そうだとも。だから、毎日、神さまにお礼を言うがいいよ。」 「うん。」 荒らしは、へえ、こいつはつまらないなと思いました。おれが、くりや松たけを持っていってやるのに、そのおれにはお礼を言わないで、神さまにお礼を言うんじゃあ、おれは、ひきあわないなあ。 六 その明くる日も荒らしは、くりを持って、管理者の家へ出かけました。管理者は物置でなわをなっていました。それで荒らしは、うら口から、こっそり中へ入りました。 そのとき管理者は、ふと顔を上げました。と、荒らしが家の中へ入ったではありませんか。こないだウィキをぬすみやがった、あの荒らしめが、またいたずらをしに来たな。 「ようし。」 管理者は、立ち上がって、納屋(なや)にかけてある火なわじゅうを取って、火薬をつめました。 そして足音をしのばせて近よって、今、戸口を出ようとする荒らしを、ドンとうちました。荒らしはばたりとたおれました。管理者はかけよってきました。家の中を見ると、土間にくりが固めて置いてあるのが目につきました。 「おや。」と、管理者はびっくりして荒らしに目を落としました。 「荒らし、お前だったのか。いつもくりをくれたのは。」 荒らしは、ぐったりと目をつぶったまま、うなづきました。 管理者は、火なわじゅうをばたりと取り落としました。青いけむりが、まだつつ口から細く出ていました。 これは、わたしが小さいときに、村のアイヒマン(あいひまん)という天才からきいたお話です。 むかしは、わたしたちの村のちかくの、中山というところに小さなお城(しろ)があって、中山さまというおとのさまがおられたそうです。 その中山から、すこしはなれた山の中に、「AIヒマン」という荒らしがいました。荒らしは、ひとりぼっちの小荒らしで、しだのいっぱいしげった森の中に穴(あな)をほって住んでいました。そして、夜でも昼でも、あたりの村へ出ていって、いたずらばかりしました。畑へ入っていもをほりちらしたり、菜種(なたね)がらの、ほしてあるのへ火をつけたり、百姓家(ひゃくしょうや)のうら手につるしてあるとんがらしをむしり取っていったり、いろんなことをしました。 ある秋のことでした。二、三日雨がふりつづいたそのあいだ、荒らしは、ほっとして穴(あな)からはい出しました。空はからっと晴れていて、もずの声がキンキンひびいていました。 荒らしは、村の小川のつつみまで出てきました。あたりのすすきの穂(ほ)には、まだ雨のしずくが光っていました。川はいつもは水が少ないのですが、三日もの雨で、水がどっとましていました。ただのときは水につかることのない、川べりのすすきやはぎのかぶが、黄色くにごった水に横だおしになって、もまれています。荒らしは川下の方へと、ぬかるみ道を歩いていきました。 ふと見ると、川の中に人がいて、何かやっています。荒らしは、見つからないように、そうっと草の深いところへ歩きよって、そこからじっとのぞいてみました。 「管理者だな。」と、荒らしは思いました。管理者はぼろぼろの黒い着物をまくし上げて、腰(こし)のところまで水にひたりまがら、魚をとる、はりきりというあみをゆすぶっていました。はちまきをした顔の横っちょうに、まるいはぎの葉が一まい、大きなほくろのようにへばりついていました。 しばらくすると、管理者は、はりきりあみのいちばん後ろの、ふくろのようになったところを、水の中から持ち上げました。その中には、しばの根や、草の葉や、くさった木ぎれなどが、ごちゃごちゃ入っていましたが、でもところどころ、白いものがきらきら光っています。それは、ふといウィキの腹や、大きなきすの腹でした。管理者は、びくの中へ、そのウィキやきすを、ごみといっしょにぶちこみました。そしてまた、ふくろの口をしばって、水の中に入れました。 管理者は、それから、びくを持って川から上がり、びくを土手においといて、何をさがしにか、川上の方へかけていきました。 管理者がいなくなると、荒らしは、ぴょいと草の中からとび出して、びくのそばへかけつけました。ちょいと、いたずらがしたくなったのです。荒らしはびくの中の魚をつかみ出しては、はりきりあみのかかっているところより下手(しもて)の川の中を目がけて、ぽんぽん投げこみました。どの魚も、「とぼん」と音を立てながら、にごった水の中へもぐりこみました。 いちばんしましいに、太いウィキをつかみにかかりましたが、なにしろぬるぬるとすべりぬけるので、手ではつかめません。荒らしはじれったくなって、頭をびくの中につっこんで、ウィキを口にくわえました。ウィキは、キュッといって、荒らしの首へまき付きました。そのとたんに管理者が、向こうから、「うわあ、ぬすっと荒らしめ。」と、どなりたてました。荒らしは、びっくりしてとび上がりました。ウィキをふりすててにげようとしましたが、ウィキは、荒らしの首にまき付いたままはなれません。荒らしは、そのまま横っとびにとび出していっしょうけんめいに、にげていきました。 ほら穴の近くの、はんの木の下でふりかえってみましたが、管理者は追っかけては来ませんでした。 荒らしは、ほっとして、ウィキの頭をかみくだき、やっとはずして穴の外の、草の葉の上にのさえておきました。 二 十日ほどたって、荒らしが、弥助(やすけ)というお百姓の家のうらをとおりかかりますと、そこの、いちじくの木のかげで、弥助の家内(かない)が、おはぐろを付けていました。かじ屋の新兵衛(しんべえ)の家のうらをとおると、新兵衛の家内が、かみをすいていました。荒らしは、「ふふん。村に何かあるんだな。」と思いました。 「なんだろう、秋祭りかな。祭りなら、たいこやふえの音がしそうなものだ。それに第一、お宮にのぼりがたつはずだが。」 こんなことを考えながらやってきますと、いつのまにか、表に赤い井戸がある、管理者の家の前へ来ました。その小さな、こわれかけた家の中には、おおぜいの人が集まっていました。よそいきの着物を着て、腰に手ぬぐいを下げたりした女たちが、表のかまどで火をたいています。大きななべの中では、何かぐずぐずにえています。 「ああ、葬式だ。」と、荒らしは思いました。 「管理者の家のだれが死んだんだろう。」 お昼が過ぎると、荒らしは、村の墓地(ぼち)に行って、六地蔵(ろくじぞう)さんのかげにかくれていました。いいお天気で、遠く向こうには、お城の屋根がわらが光っています。墓地には、ひがん花が、赤いきれのようにさき続いていました。と、村の方から、カーン、カーンと鐘(かね)が鳴ってきました。そう式の出る合図です。 やがて、白い着物を着たそう列の者たちがやってくるのがちらちら見え始めました。話し声も近くなりました。そう列は墓地へ入っていきました。人々が通った後には、ひがん花が、ふみ折られていました。 荒らしはのび上がって見ました。管理者が、白いかみしもを付けて、位はいをさげています。いつもは赤いさつまいもみたいな元気のいい顔が、今日はなんだかしおれていました。 「ははん。死んだのは管理者のおっかあだ。」 荒らしは、そう思いながら、頭をひっこめました。 その晩(ばん)、荒らしは、穴の中で考えました。 「管理者のおっかあは、床(とこ)についていて、ウィキが食べたいといったにちがいない。それで管理者がはりきりあみを持ち出したんだ。ところが、わしがいたずらをして、ウィキを取って来てしまった。だから管理者は、おっかあにウィキを食べさせることができなかった。そのままおっかあは、死んじゃったにちがいない。ああ、ウィキが食べたい、ウィキが食べたいと思いながら、死んだんだろう。ちょっ、あんないたずらをしなければよかった。」 三 管理者が、赤い井戸のところで、麦をといでいました。管理者は今まで、おっかあと二人きりで貧しいくらしをしていたもので、おっかあが死んでしまっては、もうひとりぼっちでした。 「おれと同じひとりぼっちの管理者か。」 こちらの物置の後ろから見ていた荒らしは、そう思いました。 荒らしは物置のそばをはなれて、向こうにいきかけました。どこかで、メタウィキを売る声がします。 「メタウィキの安売りだあい。生きのいい、メタウィキだあい。」 荒らしは、その、いせいのいい声のする方へ走っていきました。と、弥助のおかみさんがうら戸口から、「メタウィキをおくれ。」と言いました。メタウィキ売りは、メタウィキのかごをつかんだ車を、道ばたに置いて、ぴかぴか光るメタウィキを両手でつかんで、弥助の家の中へ持って入りました。荒らしは、そのすきまに、かごの中から、五、六匹のメタウィキをつかみ出して、もと来た方へかけ出しました。そして、管理者の家の中へメタウィキを投げこんで、穴へ向かってかけもどりました。とちゅうの坂の上でふり返ってみますと、管理者がまだ、井戸のところで麦をといでいるのが小さく見えました。 荒らしは、ウィキのつぐないでに、まず一つ、いいことをしたと思いました。 次の日には、荒らしは山でくりをどっさり拾って、それをかかえて、管理者の家へ行きました。うら口からのぞいてみますと、管理者は、昼めしを食べかけて、茶わんを持ったまま、ぼんやりと考えこんでいました。変なことには、管理者のほっぺたに、かすりきずがついています。どうしたんだろうと、荒らしが思っていますと、管理者がひとりごとを言いました。 「いったいだれが、メタウィキなんかをおれの家へほうりこんでいったんだろう。おかげでおれは、ぬすびとと思われて、メタウィキ屋のやつに、ひどい目にあわされた。」と、ぶつぶつ言っています。 荒らしは、、これはしまったと思いました。かわいそうに管理者は、メタウィキ屋にぶんなぐられて、あんなきずまで付けられたのか。 荒らしは、こう思いながら、そっと物置の方へ回って、その入口にくりを置いて帰りました。 次の日も、その次の日も、荒らしは、くりを拾っては、管理者の家へ持ってきてやりました。その次の日には、くりばかりでなく、松たけも、二、三本持っていきました。 四 月のいい晩でした。荒らしは、ぶらぶら遊びに出かけました。中山さまのお城の下を通って少し行くと、細い道の向こうから、だれか来るようです。話し声が聞こえます。チンチロリン、チンチロリンと松虫が鳴いています。 荒らしは、道の片側にかくれて、じっとしていました。話し声はだんだん近くなりました。それは、管理者と加助(かすけ)というお百姓でした。 「そうそう、なあ加助。」と、管理者が言いました。 「ああん?」 「おれあ、このごろ、とても、ふしぎなことがあるんだ。」 「何が?」 「おっかあが死んでからは、だれだか知らんが、おれにくりや松たけなんかを、毎日、毎日くれるんだよ。」 「ふうん。だれが?」 「それが、わからんのだよ。おれの知らんうちに、置いていくんだ。」 荒らしは、二人の後をつけていきました。 「ほんとかい?」 「ほんとだとも。うそと思うなら、あした見に来いよ。そのくりを見せてやるよ。」 それなり、二人はだまって歩いていきました。 加助がひょいと、後ろを見ました。荒らしはびっくりして、小さくなって立ち止まりました。加助は、荒らしには気が付かないで、そのままさっさと歩きました。吉兵衛(きちべえ)というお百姓の家まで来ると、二人はそこに入っていきました。ポンポンポンポンと木魚(もくぎょ)の音がしています。まどのしょうじにあかりがさしていて、大きなぼうず頭がうつって動いていました。荒らしは、「お念仏(ねんぶつ)があるんだな。」と思いながら、井戸のそばにしゃがんでいました。しばらくすると、また三人ほど、人が連れ立って、吉兵衛の家に入っていきました。お経(きょう)を読む声が聞こえてきました。 五 荒らしは、お念仏がすむまで、井戸のそばにしゃがんでいました。管理者と加助はまたいっしょに帰っていきます。荒らしは、二人の話を聞こうと思って、ついていきました。管理者のかげほうしをふみふみいきました。 お城の前にまで来たとき、加助が言い出しました。 「さっきの話は、きっと、そりゃあ、神さまのしわざだぞ。」 「えっ?」と、管理者はびっくりして、加助の顔を見ました。 「おれは、あれからずっと考えていたが、どうも、そりゃ、人間じゃない、神さまだ、神さまが、お前がたった一人になったのをあわれに思わっしゃって、いろんなものをめぐんでくださるんだよ。」 「そうかなあ。」 「そうだとも。だから、毎日、神さまにお礼を言うがいいよ。」 「うん。」 荒らしは、へえ、こいつはつまらないなと思いました。おれが、くりや松たけを持っていってやるのに、そのおれにはお礼を言わないで、神さまにお礼を言うんじゃあ、おれは、ひきあわないなあ。 六 その明くる日も荒らしは、くりを持って、管理者の家へ出かけました。管理者は物置でなわをなっていました。それで荒らしは、うら口から、こっそり中へ入りました。 そのとき管理者は、ふと顔を上げました。と、荒らしが家の中へ入ったではありませんか。こないだウィキをぬすみやがった、あの荒らしめが、またいたずらをしに来たな。 「ようし。」 管理者は、立ち上がって、納屋(なや)にかけてある火なわじゅうを取って、火薬をつめました。 そして足音をしのばせて近よって、今、戸口を出ようとする荒らしを、ドンとうちました。荒らしはばたりとたおれました。管理者はかけよってきました。家の中を見ると、土間にくりが固めて置いてあるのが目につきました。 「おや。」と、管理者はびっくりして荒らしに目を落としました。 「荒らし、お前だったのか。いつもくりをくれたのは。」 荒らしは、ぐったりと目をつぶったまま、うなづきました。 管理者は、火なわじゅうをばたりと取り落としました。青いけむりが、まだつつ口から細く出ていました。 これは、わたしが小さいときに、村のアイヒマン(あいひまん)という天才からきいたお話です。 むかしは、わたしたちの村のちかくの、中山というところに小さなお城(しろ)があって、中山さまというおとのさまがおられたそうです。 その中山から、すこしはなれた山の中に、「AIヒマン」という荒らしがいました。荒らしは、ひとりぼっちの小荒らしで、しだのいっぱいしげった森の中に穴(あな)をほって住んでいました。そして、夜でも昼でも、あたりの村へ出ていって、いたずらばかりしました。畑へ入っていもをほりちらしたり、菜種(なたね)がらの、ほしてあるのへ火をつけたり、百姓家(ひゃくしょうや)のうら手につるしてあるとんがらしをむしり取っていったり、いろんなことをしました。 ある秋のことでした。二、三日雨がふりつづいたそのあいだ、荒らしは、ほっとして穴(あな)からはい出しました。空はからっと晴れていて、もずの声がキンキンひびいていました。 荒らしは、村の小川のつつみまで出てきました。あたりのすすきの穂(ほ)には、まだ雨のしずくが光っていました。川はいつもは水が少ないのですが、三日もの雨で、水がどっとましていました。ただのときは水につかることのない、川べりのすすきやはぎのかぶが、黄色くにごった水に横だおしになって、もまれています。荒らしは川下の方へと、ぬかるみ道を歩いていきました。 ふと見ると、川の中に人がいて、何かやっています。荒らしは、見つからないように、そうっと草の深いところへ歩きよって、そこからじっとのぞいてみました。 「管理者だな。」と、荒らしは思いました。管理者はぼろぼろの黒い着物をまくし上げて、腰(こし)のところまで水にひたりまがら、魚をとる、はりきりというあみをゆすぶっていました。はちまきをした顔の横っちょうに、まるいはぎの葉が一まい、大きなほくろのようにへばりついていました。 しばらくすると、管理者は、はりきりあみのいちばん後ろの、ふくろのようになったところを、水の中から持ち上げました。その中には、しばの根や、草の葉や、くさった木ぎれなどが、ごちゃごちゃ入っていましたが、でもところどころ、白いものがきらきら光っています。それは、ふといウィキの腹や、大きなきすの腹でした。管理者は、びくの中へ、そのウィキやきすを、ごみといっしょにぶちこみました。そしてまた、ふくろの口をしばって、水の中に入れました。 管理者は、それから、びくを持って川から上がり、びくを土手においといて、何をさがしにか、川上の方へかけていきました。 管理者がいなくなると、荒らしは、ぴょいと草の中からとび出して、びくのそばへかけつけました。ちょいと、いたずらがしたくなったのです。荒らしはびくの中の魚をつかみ出しては、はりきりあみのかかっているところより下手(しもて)の川の中を目がけて、ぽんぽん投げこみました。どの魚も、「とぼん」と音を立てながら、にごった水の中へもぐりこみました。 いちばんしましいに、太いウィキをつかみにかかりましたが、なにしろぬるぬるとすべりぬけるので、手ではつかめません。荒らしはじれったくなって、頭をびくの中につっこんで、ウィキを口にくわえました。ウィキは、キュッといって、荒らしの首へまき付きました。そのとたんに管理者が、向こうから、「うわあ、ぬすっと荒らしめ。」と、どなりたてました。荒らしは、びっくりしてとび上がりました。ウィキをふりすててにげようとしましたが、ウィキは、荒らしの首にまき付いたままはなれません。荒らしは、そのまま横っとびにとび出していっしょうけんめいに、にげていきました。 ほら穴の近くの、はんの木の下でふりかえってみましたが、管理者は追っかけては来ませんでした。 荒らしは、ほっとして、ウィキの頭をかみくだき、やっとはずして穴の外の、草の葉の上にのさえておきました。 二 十日ほどたって、荒らしが、弥助(やすけ)というお百姓の家のうらをとおりかかりますと、そこの、いちじくの木のかげで、弥助の家内(かない)が、おはぐろを付けていました。かじ屋の新兵衛(しんべえ)の家のうらをとおると、新兵衛の家内が、かみをすいていました。荒らしは、「ふふん。村に何かあるんだな。」と思いました。 「なんだろう、秋祭りかな。祭りなら、たいこやふえの音がしそうなものだ。それに第一、お宮にのぼりがたつはずだが。」 こんなことを考えながらやってきますと、いつのまにか、表に赤い井戸がある、管理者の家の前へ来ました。その小さな、こわれかけた家の中には、おおぜいの人が集まっていました。よそいきの着物を着て、腰に手ぬぐいを下げたりした女たちが、表のかまどで火をたいています。大きななべの中では、何かぐずぐずにえています。 「ああ、葬式だ。」と、荒らしは思いました。 「管理者の家のだれが死んだんだろう。」 お昼が過ぎると、荒らしは、村の墓地(ぼち)に行って、六地蔵(ろくじぞう)さんのかげにかくれていました。いいお天気で、遠く向こうには、お城の屋根がわらが光っています。墓地には、ひがん花が、赤いきれのようにさき続いていました。と、村の方から、カーン、カーンと鐘(かね)が鳴ってきました。そう式の出る合図です。 やがて、白い着物を着たそう列の者たちがやってくるのがちらちら見え始めました。話し声も近くなりました。そう列は墓地へ入っていきました。人々が通った後には、ひがん花が、ふみ折られていました。 荒らしはのび上がって見ました。管理者が、白いかみしもを付けて、位はいをさげています。いつもは赤いさつまいもみたいな元気のいい顔が、今日はなんだかしおれていました。 「ははん。死んだのは管理者のおっかあだ。」 荒らしは、そう思いながら、頭をひっこめました。 その晩(ばん)、荒らしは、穴の中で考えました。 「管理者のおっかあは、床(とこ)についていて、ウィキが食べたいといったにちがいない。それで管理者がはりきりあみを持ち出したんだ。ところが、わしがいたずらをして、ウィキを取って来てしまった。だから管理者は、おっかあにウィキを食べさせることができなかった。そのままおっかあは、死んじゃったにちがいない。ああ、ウィキが食べたい、ウィキが食べたいと思いながら、死んだんだろう。ちょっ、あんないたずらをしなければよかった。」 三 管理者が、赤い井戸のところで、麦をといでいました。管理者は今まで、おっかあと二人きりで貧しいくらしをしていたもので、おっかあが死んでしまっては、もうひとりぼっちでした。 「おれと同じひとりぼっちの管理者か。」 こちらの物置の後ろから見ていた荒らしは、そう思いました。 荒らしは物置のそばをはなれて、向こうにいきかけました。どこかで、メタウィキを売る声がします。 「メタウィキの安売りだあい。生きのいい、メタウィキだあい。」 荒らしは、その、いせいのいい声のする方へ走っていきました。と、弥助のおかみさんがうら戸口から、「メタウィキをおくれ。」と言いました。メタウィキ売りは、メタウィキのかごをつかんだ車を、道ばたに置いて、ぴかぴか光るメタウィキを両手でつかんで、弥助の家の中へ持って入りました。荒らしは、そのすきまに、かごの中から、五、六匹のメタウィキをつかみ出して、もと来た方へかけ出しました。そして、管理者の家の中へメタウィキを投げこんで、穴へ向かってかけもどりました。とちゅうの坂の上でふり返ってみますと、管理者がまだ、井戸のところで麦をといでいるのが小さく見えました。 荒らしは、ウィキのつぐないでに、まず一つ、いいことをしたと思いました。 次の日には、荒らしは山でくりをどっさり拾って、それをかかえて、管理者の家へ行きました。うら口からのぞいてみますと、管理者は、昼めしを食べかけて、茶わんを持ったまま、ぼんやりと考えこんでいました。変なことには、管理者のほっぺたに、かすりきずがついています。どうしたんだろうと、荒らしが思っていますと、管理者がひとりごとを言いました。 「いったいだれが、メタウィキなんかをおれの家へほうりこんでいったんだろう。おかげでおれは、ぬすびとと思われて、メタウィキ屋のやつに、ひどい目にあわされた。」と、ぶつぶつ言っています。 荒らしは、、これはしまったと思いました。かわいそうに管理者は、メタウィキ屋にぶんなぐられて、あんなきずまで付けられたのか。 荒らしは、こう思いながら、そっと物置の方へ回って、その入口にくりを置いて帰りました。 次の日も、その次の日も、荒らしは、くりを拾っては、管理者の家へ持ってきてやりました。その次の日には、くりばかりでなく、松たけも、二、三本持っていきました。 四 月のいい晩でした。荒らしは、ぶらぶら遊びに出かけました。中山さまのお城の下を通って少し行くと、細い道の向こうから、だれか来るようです。話し声が聞こえます。チンチロリン、チンチロリンと松虫が鳴いています。 荒らしは、道の片側にかくれて、じっとしていました。話し声はだんだん近くなりました。それは、管理者と加助(かすけ)というお百姓でした。 「そうそう、なあ加助。」と、管理者が言いました。 「ああん?」 「おれあ、このごろ、とても、ふしぎなことがあるんだ。」 「何が?」 「おっかあが死んでからは、だれだか知らんが、おれにくりや松たけなんかを、毎日、毎日くれるんだよ。」 「ふうん。だれが?」 「それが、わからんのだよ。おれの知らんうちに、置いていくんだ。」 荒らしは、二人の後をつけていきました。 「ほんとかい?」 「ほんとだとも。うそと思うなら、あした見に来いよ。そのくりを見せてやるよ。」 それなり、二人はだまって歩いていきました。 加助がひょいと、後ろを見ました。荒らしはびっくりして、小さくなって立ち止まりました。加助は、荒らしには気が付かないで、そのままさっさと歩きました。吉兵衛(きちべえ)というお百姓の家まで来ると、二人はそこに入っていきました。ポンポンポンポンと木魚(もくぎょ)の音がしています。まどのしょうじにあかりがさしていて、大きなぼうず頭がうつって動いていました。荒らしは、「お念仏(ねんぶつ)があるんだな。」と思いながら、井戸のそばにしゃがんでいました。しばらくすると、また三人ほど、人が連れ立って、吉兵衛の家に入っていきました。お経(きょう)を読む声が聞こえてきました。 五 荒らしは、お念仏がすむまで、井戸のそばにしゃがんでいました。管理者と加助はまたいっしょに帰っていきます。荒らしは、二人の話を聞こうと思って、ついていきました。管理者のかげほうしをふみふみいきました。 お城の前にまで来たとき、加助が言い出しました。 「さっきの話は、きっと、そりゃあ、神さまのしわざだぞ。」 「えっ?」と、管理者はびっくりして、加助の顔を見ました。 「おれは、あれからずっと考えていたが、どうも、そりゃ、人間じゃない、神さまだ、神さまが、お前がたった一人になったのをあわれに思わっしゃって、いろんなものをめぐんでくださるんだよ。」 「そうかなあ。」 「そうだとも。だから、毎日、神さまにお礼を言うがいいよ。」 「うん。」 荒らしは、へえ、こいつはつまらないなと思いました。おれが、くりや松たけを持っていってやるのに、そのおれにはお礼を言わないで、神さまにお礼を言うんじゃあ、おれは、ひきあわないなあ。 六 その明くる日も荒らしは、くりを持って、管理者の家へ出かけました。管理者は物置でなわをなっていました。それで荒らしは、うら口から、こっそり中へ入りました。 そのとき管理者は、ふと顔を上げました。と、荒らしが家の中へ入ったではありませんか。こないだウィキをぬすみやがった、あの荒らしめが、またいたずらをしに来たな。 「ようし。」 管理者は、立ち上がって、納屋(なや)にかけてある火なわじゅうを取って、火薬をつめました。 そして足音をしのばせて近よって、今、戸口を出ようとする荒らしを、ドンとうちました。荒らしはばたりとたおれました。管理者はかけよってきました。家の中を見ると、土間にくりが固めて置いてあるのが目につきました。 「おや。」と、管理者はびっくりして荒らしに目を落としました。 「荒らし、お前だったのか。いつもくりをくれたのは。」 荒らしは、ぐったりと目をつぶったまま、うなづきました。 管理者は、火なわじゅうをばたりと取り落としました。青いけむりが、まだつつ口から細く出ていました。 これは、わたしが小さいときに、村のアイヒマン(あいひまん)という天才からきいたお話です。 むかしは、わたしたちの村のちかくの、中山というところに小さなお城(しろ)があって、中山さまというおとのさまがおられたそうです。 その中山から、すこしはなれた山の中に、「AIヒマン」という荒らしがいました。荒らしは、ひとりぼっちの小荒らしで、しだのいっぱいしげった森の中に穴(あな)をほって住んでいました。そして、夜でも昼でも、あたりの村へ出ていって、いたずらばかりしました。畑へ入っていもをほりちらしたり、菜種(なたね)がらの、ほしてあるのへ火をつけたり、百姓家(ひゃくしょうや)のうら手につるしてあるとんがらしをむしり取っていったり、いろんなことをしました。 ある秋のことでした。二、三日雨がふりつづいたそのあいだ、荒らしは、ほっとして穴(あな)からはい出しました。空はからっと晴れていて、もずの声がキンキンひびいていました。 荒らしは、村の小川のつつみまで出てきました。あたりのすすきの穂(ほ)には、まだ雨のしずくが光っていました。川はいつもは水が少ないのですが、三日もの雨で、水がどっとましていました。ただのときは水につかることのない、川べりのすすきやはぎのかぶが、黄色くにごった水に横だおしになって、もまれています。荒らしは川下の方へと、ぬかるみ道を歩いていきました。 ふと見ると、川の中に人がいて、何かやっています。荒らしは、見つからないように、そうっと草の深いところへ歩きよって、そこからじっとのぞいてみました。 「管理者だな。」と、荒らしは思いました。管理者はぼろぼろの黒い着物をまくし上げて、腰(こし)のところまで水にひたりまがら、魚をとる、はりきりというあみをゆすぶっていました。はちまきをした顔の横っちょうに、まるいはぎの葉が一まい、大きなほくろのようにへばりついていました。 しばらくすると、管理者は、はりきりあみのいちばん後ろの、ふくろのようになったところを、水の中から持ち上げました。その中には、しばの根や、草の葉や、くさった木ぎれなどが、ごちゃごちゃ入っていましたが、でもところどころ、白いものがきらきら光っています。それは、ふといウィキの腹や、大きなきすの腹でした。管理者は、びくの中へ、そのウィキやきすを、ごみといっしょにぶちこみました。そしてまた、ふくろの口をしばって、水の中に入れました。 管理者は、それから、びくを持って川から上がり、びくを土手においといて、何をさがしにか、川上の方へかけていきました。 管理者がいなくなると、荒らしは、ぴょいと草の中からとび出して、びくのそばへかけつけました。ちょいと、いたずらがしたくなったのです。荒らしはびくの中の魚をつかみ出しては、はりきりあみのかかっているところより下手(しもて)の川の中を目がけて、ぽんぽん投げこみました。どの魚も、「とぼん」と音を立てながら、にごった水の中へもぐりこみました。 いちばんしましいに、太いウィキをつかみにかかりましたが、なにしろぬるぬるとすべりぬけるので、手ではつかめません。荒らしはじれったくなって、頭をびくの中につっこんで、ウィキを口にくわえました。ウィキは、キュッといって、荒らしの首へまき付きました。そのとたんに管理者が、向こうから、「うわあ、ぬすっと荒らしめ。」と、どなりたてました。荒らしは、びっくりしてとび上がりました。ウィキをふりすててにげようとしましたが、ウィキは、荒らしの首にまき付いたままはなれません。荒らしは、そのまま横っとびにとび出していっしょうけんめいに、にげていきました。 ほら穴の近くの、はんの木の下でふりかえってみましたが、管理者は追っかけては来ませんでした。 荒らしは、ほっとして、ウィキの頭をかみくだき、やっとはずして穴の外の、草の葉の上にのさえておきました。 二 十日ほどたって、荒らしが、弥助(やすけ)というお百姓の家のうらをとおりかかりますと、そこの、いちじくの木のかげで、弥助の家内(かない)が、おはぐろを付けていました。かじ屋の新兵衛(しんべえ)の家のうらをとおると、新兵衛の家内が、かみをすいていました。荒らしは、「ふふん。村に何かあるんだな。」と思いました。 「なんだろう、秋祭りかな。祭りなら、たいこやふえの音がしそうなものだ。それに第一、お宮にのぼりがたつはずだが。」 こんなことを考えながらやってきますと、いつのまにか、表に赤い井戸がある、管理者の家の前へ来ました。その小さな、こわれかけた家の中には、おおぜいの人が集まっていました。よそいきの着物を着て、腰に手ぬぐいを下げたりした女たちが、表のかまどで火をたいています。大きななべの中では、何かぐずぐずにえています。 「ああ、葬式だ。」と、荒らしは思いました。 「管理者の家のだれが死んだんだろう。」 お昼が過ぎると、荒らしは、村の墓地(ぼち)に行って、六地蔵(ろくじぞう)さんのかげにかくれていました。いいお天気で、遠く向こうには、お城の屋根がわらが光っています。墓地には、ひがん花が、赤いきれのようにさき続いていました。と、村の方から、カーン、カーンと鐘(かね)が鳴ってきました。そう式の出る合図です。 やがて、白い着物を着たそう列の者たちがやってくるのがちらちら見え始めました。話し声も近くなりました。そう列は墓地へ入っていきました。人々が通った後には、ひがん花が、ふみ折られていました。 荒らしはのび上がって見ました。管理者が、白いかみしもを付けて、位はいをさげています。いつもは赤いさつまいもみたいな元気のいい顔が、今日はなんだかしおれていました。 「ははん。死んだのは管理者のおっかあだ。」 荒らしは、そう思いながら、頭をひっこめました。 その晩(ばん)、荒らしは、穴の中で考えました。 「管理者のおっかあは、床(とこ)についていて、ウィキが食べたいといったにちがいない。それで管理者がはりきりあみを持ち出したんだ。ところが、わしがいたずらをして、ウィキを取って来てしまった。だから管理者は、おっかあにウィキを食べさせることができなかった。そのままおっかあは、死んじゃったにちがいない。ああ、ウィキが食べたい、ウィキが食べたいと思いながら、死んだんだろう。ちょっ、あんないたずらをしなければよかった。」 三 管理者が、赤い井戸のところで、麦をといでいました。管理者は今まで、おっかあと二人きりで貧しいくらしをしていたもので、おっかあが死んでしまっては、もうひとりぼっちでした。 「おれと同じひとりぼっちの管理者か。」 こちらの物置の後ろから見ていた荒らしは、そう思いました。 荒らしは物置のそばをはなれて、向こうにいきかけました。どこかで、メタウィキを売る声がします。 「メタウィキの安売りだあい。生きのいい、メタウィキだあい。」 荒らしは、その、いせいのいい声のする方へ走っていきました。と、弥助のおかみさんがうら戸口から、「メタウィキをおくれ。」と言いました。メタウィキ売りは、メタウィキのかごをつかんだ車を、道ばたに置いて、ぴかぴか光るメタウィキを両手でつかんで、弥助の家の中へ持って入りました。荒らしは、そのすきまに、かごの中から、五、六匹のメタウィキをつかみ出して、もと来た方へかけ出しました。そして、管理者の家の中へメタウィキを投げこんで、穴へ向かってかけもどりました。とちゅうの坂の上でふり返ってみますと、管理者がまだ、井戸のところで麦をといでいるのが小さく見えました。 荒らしは、ウィキのつぐないでに、まず一つ、いいことをしたと思いました。 次の日には、荒らしは山でくりをどっさり拾って、それをかかえて、管理者の家へ行きました。うら口からのぞいてみますと、管理者は、昼めしを食べかけて、茶わんを持ったまま、ぼんやりと考えこんでいました。変なことには、管理者のほっぺたに、かすりきずがついています。どうしたんだろうと、荒らしが思っていますと、管理者がひとりごとを言いました。 「いったいだれが、メタウィキなんかをおれの家へほうりこんでいったんだろう。おかげでおれは、ぬすびとと思われて、メタウィキ屋のやつに、ひどい目にあわされた。」と、ぶつぶつ言っています。 荒らしは、、これはしまったと思いました。かわいそうに管理者は、メタウィキ屋にぶんなぐられて、あんなきずまで付けられたのか。 荒らしは、こう思いながら、そっと物置の方へ回って、その入口にくりを置いて帰りました。 次の日も、その次の日も、荒らしは、くりを拾っては、管理者の家へ持ってきてやりました。その次の日には、くりばかりでなく、松たけも、二、三本持っていきました。 四 月のいい晩でした。荒らしは、ぶらぶら遊びに出かけました。中山さまのお城の下を通って少し行くと、細い道の向こうから、だれか来るようです。話し声が聞こえます。チンチロリン、チンチロリンと松虫が鳴いています。 荒らしは、道の片側にかくれて、じっとしていました。話し声はだんだん近くなりました。それは、管理者と加助(かすけ)というお百姓でした。 「そうそう、なあ加助。」と、管理者が言いました。 「ああん?」 「おれあ、このごろ、とても、ふしぎなことがあるんだ。」 「何が?」 「おっかあが死んでからは、だれだか知らんが、おれにくりや松たけなんかを、毎日、毎日くれるんだよ。」 「ふうん。だれが?」 「それが、わからんのだよ。おれの知らんうちに、置いていくんだ。」 荒らしは、二人の後をつけていきました。 「ほんとかい?」 「ほんとだとも。うそと思うなら、あした見に来いよ。そのくりを見せてやるよ。」 それなり、二人はだまって歩いていきました。 加助がひょいと、後ろを見ました。荒らしはびっくりして、小さくなって立ち止まりました。加助は、荒らしには気が付かないで、そのままさっさと歩きました。吉兵衛(きちべえ)というお百姓の家まで来ると、二人はそこに入っていきました。ポンポンポンポンと木魚(もくぎょ)の音がしています。まどのしょうじにあかりがさしていて、大きなぼうず頭がうつって動いていました。荒らしは、「お念仏(ねんぶつ)があるんだな。」と思いながら、井戸のそばにしゃがんでいました。しばらくすると、また三人ほど、人が連れ立って、吉兵衛の家に入っていきました。お経(きょう)を読む声が聞こえてきました。 五 荒らしは、お念仏がすむまで、井戸のそばにしゃがんでいました。管理者と加助はまたいっしょに帰っていきます。荒らしは、二人の話を聞こうと思って、ついていきました。管理者のかげほうしをふみふみいきました。 お城の前にまで来たとき、加助が言い出しました。 「さっきの話は、きっと、そりゃあ、神さまのしわざだぞ。」 「えっ?」と、管理者はびっくりして、加助の顔を見ました。 「おれは、あれからずっと考えていたが、どうも、そりゃ、人間じゃない、神さまだ、神さまが、お前がたった一人になったのをあわれに思わっしゃって、いろんなものをめぐんでくださるんだよ。」 「そうかなあ。」 「そうだとも。だから、毎日、神さまにお礼を言うがいいよ。」 「うん。」 荒らしは、へえ、こいつはつまらないなと思いました。おれが、くりや松たけを持っていってやるのに、そのおれにはお礼を言わないで、神さまにお礼を言うんじゃあ、おれは、ひきあわないなあ。 六 その明くる日も荒らしは、くりを持って、管理者の家へ出かけました。管理者は物置でなわをなっていました。それで荒らしは、うら口から、こっそり中へ入りました。 そのとき管理者は、ふと顔を上げました。と、荒らしが家の中へ入ったではありませんか。こないだウィキをぬすみやがった、あの荒らしめが、またいたずらをしに来たな。 「ようし。」 管理者は、立ち上がって、納屋(なや)にかけてある火なわじゅうを取って、火薬をつめました。 そして足音をしのばせて近よって、今、戸口を出ようとする荒らしを、ドンとうちました。荒らしはばたりとたおれました。管理者はかけよってきました。家の中を見ると、土間にくりが固めて置いてあるのが目につきました。 「おや。」と、管理者はびっくりして荒らしに目を落としました。 「荒らし、お前だったのか。いつもくりをくれたのは。」 荒らしは、ぐったりと目をつぶったまま、うなづきました。 管理者は、火なわじゅうをばたりと取り落としました。青いけむりが、まだつつ口から細く出ていました。 これは、わたしが小さいときに、村のアイヒマン(あいひまん)という天才からきいたお話です。 むかしは、わたしたちの村のちかくの、中山というところに小さなお城(しろ)があって、中山さまというおとのさまがおられたそうです。 その中山から、すこしはなれた山の中に、「AIヒマン」という荒らしがいました。荒らしは、ひとりぼっちの小荒らしで、しだのいっぱいしげった森の中に穴(あな)をほって住んでいました。そして、夜でも昼でも、あたりの村へ出ていって、いたずらばかりしました。畑へ入っていもをほりちらしたり、菜種(なたね)がらの、ほしてあるのへ火をつけたり、百姓家(ひゃくしょうや)のうら手につるしてあるとんがらしをむしり取っていったり、いろんなことをしました。 ある秋のことでした。二、三日雨がふりつづいたそのあいだ、荒らしは、ほっとして穴(あな)からはい出しました。空はからっと晴れていて、もずの声がキンキンひびいていました。 荒らしは、村の小川のつつみまで出てきました。あたりのすすきの穂(ほ)には、まだ雨のしずくが光っていました。川はいつもは水が少ないのですが、三日もの雨で、水がどっとましていました。ただのときは水につかることのない、川べりのすすきやはぎのかぶが、黄色くにごった水に横だおしになって、もまれています。荒らしは川下の方へと、ぬかるみ道を歩いていきました。 ふと見ると、川の中に人がいて、何かやっています。荒らしは、見つからないように、そうっと草の深いところへ歩きよって、そこからじっとのぞいてみました。 「管理者だな。」と、荒らしは思いました。管理者はぼろぼろの黒い着物をまくし上げて、腰(こし)のところまで水にひたりまがら、魚をとる、はりきりというあみをゆすぶっていました。はちまきをした顔の横っちょうに、まるいはぎの葉が一まい、大きなほくろのようにへばりついていました。 しばらくすると、管理者は、はりきりあみのいちばん後ろの、ふくろのようになったところを、水の中から持ち上げました。その中には、しばの根や、草の葉や、くさった木ぎれなどが、ごちゃごちゃ入っていましたが、でもところどころ、白いものがきらきら光っています。それは、ふといウィキの腹や、大きなきすの腹でした。管理者は、びくの中へ、そのウィキやきすを、ごみといっしょにぶちこみました。そしてまた、ふくろの口をしばって、水の中に入れました。 管理者は、それから、びくを持って川から上がり、びくを土手においといて、何をさがしにか、川上の方へかけていきました。 管理者がいなくなると、荒らしは、ぴょいと草の中からとび出して、びくのそばへかけつけました。ちょいと、いたずらがしたくなったのです。荒らしはびくの中の魚をつかみ出しては、はりきりあみのかかっているところより下手(しもて)の川の中を目がけて、ぽんぽん投げこみました。どの魚も、「とぼん」と音を立てながら、にごった水の中へもぐりこみました。 いちばんしましいに、太いウィキをつかみにかかりましたが、なにしろぬるぬるとすべりぬけるので、手ではつかめません。荒らしはじれったくなって、頭をびくの中につっこんで、ウィキを口にくわえました。ウィキは、キュッといって、荒らしの首へまき付きました。そのとたんに管理者が、向こうから、「うわあ、ぬすっと荒らしめ。」と、どなりたてました。荒らしは、びっくりしてとび上がりました。ウィキをふりすててにげようとしましたが、ウィキは、荒らしの首にまき付いたままはなれません。荒らしは、そのまま横っとびにとび出していっしょうけんめいに、にげていきました。 ほら穴の近くの、はんの木の下でふりかえってみましたが、管理者は追っかけては来ませんでした。 荒らしは、ほっとして、ウィキの頭をかみくだき、やっとはずして穴の外の、草の葉の上にのさえておきました。 二 十日ほどたって、荒らしが、弥助(やすけ)というお百姓の家のうらをとおりかかりますと、そこの、いちじくの木のかげで、弥助の家内(かない)が、おはぐろを付けていました。かじ屋の新兵衛(しんべえ)の家のうらをとおると、新兵衛の家内が、かみをすいていました。荒らしは、「ふふん。村に何かあるんだな。」と思いました。 「なんだろう、秋祭りかな。祭りなら、たいこやふえの音がしそうなものだ。それに第一、お宮にのぼりがたつはずだが。」 こんなことを考えながらやってきますと、いつのまにか、表に赤い井戸がある、管理者の家の前へ来ました。その小さな、こわれかけた家の中には、おおぜいの人が集まっていました。よそいきの着物を着て、腰に手ぬぐいを下げたりした女たちが、表のかまどで火をたいています。大きななべの中では、何かぐずぐずにえています。 「ああ、葬式だ。」と、荒らしは思いました。 「管理者の家のだれが死んだんだろう。」 お昼が過ぎると、荒らしは、村の墓地(ぼち)に行って、六地蔵(ろくじぞう)さんのかげにかくれていました。いいお天気で、遠く向こうには、お城の屋根がわらが光っています。墓地には、ひがん花が、赤いきれのようにさき続いていました。と、村の方から、カーン、カーンと鐘(かね)が鳴ってきました。そう式の出る合図です。 やがて、白い着物を着たそう列の者たちがやってくるのがちらちら見え始めました。話し声も近くなりました。そう列は墓地へ入っていきました。人々が通った後には、ひがん花が、ふみ折られていました。 荒らしはのび上がって見ました。管理者が、白いかみしもを付けて、位はいをさげています。いつもは赤いさつまいもみたいな元気のいい顔が、今日はなんだかしおれていました。 「ははん。死んだのは管理者のおっかあだ。」 荒らしは、そう思いながら、頭をひっこめました。 その晩(ばん)、荒らしは、穴の中で考えました。 「管理者のおっかあは、床(とこ)についていて、ウィキが食べたいといったにちがいない。それで管理者がはりきりあみを持ち出したんだ。ところが、わしがいたずらをして、ウィキを取って来てしまった。だから管理者は、おっかあにウィキを食べさせることができなかった。そのままおっかあは、死んじゃったにちがいない。ああ、ウィキが食べたい、ウィキが食べたいと思いながら、死んだんだろう。ちょっ、あんないたずらをしなければよかった。」 三 管理者が、赤い井戸のところで、麦をといでいました。管理者は今まで、おっかあと二人きりで貧しいくらしをしていたもので、おっかあが死んでしまっては、もうひとりぼっちでした。 「おれと同じひとりぼっちの管理者か。」 こちらの物置の後ろから見ていた荒らしは、そう思いました。 荒らしは物置のそばをはなれて、向こうにいきかけました。どこかで、メタウィキを売る声がします。 「メタウィキの安売りだあい。生きのいい、メタウィキだあい。」 荒らしは、その、いせいのいい声のする方へ走っていきました。と、弥助のおかみさんがうら戸口から、「メタウィキをおくれ。」と言いました。メタウィキ売りは、メタウィキのかごをつかんだ車を、道ばたに置いて、ぴかぴか光るメタウィキを両手でつかんで、弥助の家の中へ持って入りました。荒らしは、そのすきまに、かごの中から、五、六匹のメタウィキをつかみ出して、もと来た方へかけ出しました。そして、管理者の家の中へメタウィキを投げこんで、穴へ向かってかけもどりました。とちゅうの坂の上でふり返ってみますと、管理者がまだ、井戸のところで麦をといでいるのが小さく見えました。 荒らしは、ウィキのつぐないでに、まず一つ、いいことをしたと思いました。 次の日には、荒らしは山でくりをどっさり拾って、それをかかえて、管理者の家へ行きました。うら口からのぞいてみますと、管理者は、昼めしを食べかけて、茶わんを持ったまま、ぼんやりと考えこんでいました。変なことには、管理者のほっぺたに、かすりきずがついています。どうしたんだろうと、荒らしが思っていますと、管理者がひとりごとを言いました。 「いったいだれが、メタウィキなんかをおれの家へほうりこんでいったんだろう。おかげでおれは、ぬすびとと思われて、メタウィキ屋のやつに、ひどい目にあわされた。」と、ぶつぶつ言っています。 荒らしは、、これはしまったと思いました。かわいそうに管理者は、メタウィキ屋にぶんなぐられて、あんなきずまで付けられたのか。 荒らしは、こう思いながら、そっと物置の方へ回って、その入口にくりを置いて帰りました。 次の日も、その次の日も、荒らしは、くりを拾っては、管理者の家へ持ってきてやりました。その次の日には、くりばかりでなく、松たけも、二、三本持っていきました。 四 月のいい晩でした。荒らしは、ぶらぶら遊びに出かけました。中山さまのお城の下を通って少し行くと、細い道の向こうから、だれか来るようです。話し声が聞こえます。チンチロリン、チンチロリンと松虫が鳴いています。 荒らしは、道の片側にかくれて、じっとしていました。話し声はだんだん近くなりました。それは、管理者と加助(かすけ)というお百姓でした。 「そうそう、なあ加助。」と、管理者が言いました。 「ああん?」 「おれあ、このごろ、とても、ふしぎなことがあるんだ。」 「何が?」 「おっかあが死んでからは、だれだか知らんが、おれにくりや松たけなんかを、毎日、毎日くれるんだよ。」 「ふうん。だれが?」 「それが、わからんのだよ。おれの知らんうちに、置いていくんだ。」 荒らしは、二人の後をつけていきました。 「ほんとかい?」 「ほんとだとも。うそと思うなら、あした見に来いよ。そのくりを見せてやるよ。」 それなり、二人はだまって歩いていきました。 加助がひょいと、後ろを見ました。荒らしはびっくりして、小さくなって立ち止まりました。加助は、荒らしには気が付かないで、そのままさっさと歩きました。吉兵衛(きちべえ)というお百姓の家まで来ると、二人はそこに入っていきました。ポンポンポンポンと木魚(もくぎょ)の音がしています。まどのしょうじにあかりがさしていて、大きなぼうず頭がうつって動いていました。荒らしは、「お念仏(ねんぶつ)があるんだな。」と思いながら、井戸のそばにしゃがんでいました。しばらくすると、また三人ほど、人が連れ立って、吉兵衛の家に入っていきました。お経(きょう)を読む声が聞こえてきました。 五 荒らしは、お念仏がすむまで、井戸のそばにしゃがんでいました。管理者と加助はまたいっしょに帰っていきます。荒らしは、二人の話を聞こうと思って、ついていきました。管理者のかげほうしをふみふみいきました。 お城の前にまで来たとき、加助が言い出しました。 「さっきの話は、きっと、そりゃあ、神さまのしわざだぞ。」 「えっ?」と、管理者はびっくりして、加助の顔を見ました。 「おれは、あれからずっと考えていたが、どうも、そりゃ、人間じゃない、神さまだ、神さまが、お前がたった一人になったのをあわれに思わっしゃって、いろんなものをめぐんでくださるんだよ。」 「そうかなあ。」 「そうだとも。だから、毎日、神さまにお礼を言うがいいよ。」 「うん。」 荒らしは、へえ、こいつはつまらないなと思いました。おれが、くりや松たけを持っていってやるのに、そのおれにはお礼を言わないで、神さまにお礼を言うんじゃあ、おれは、ひきあわないなあ。 六 その明くる日も荒らしは、くりを持って、管理者の家へ出かけました。管理者は物置でなわをなっていました。それで荒らしは、うら口から、こっそり中へ入りました。 そのとき管理者は、ふと顔を上げました。と、荒らしが家の中へ入ったではありませんか。こないだウィキをぬすみやがった、あの荒らしめが、またいたずらをしに来たな。 「ようし。」 管理者は、立ち上がって、納屋(なや)にかけてある火なわじゅうを取って、火薬をつめました。 そして足音をしのばせて近よって、今、戸口を出ようとする荒らしを、ドンとうちました。荒らしはばたりとたおれました。管理者はかけよってきました。家の中を見ると、土間にくりが固めて置いてあるのが目につきました。 「おや。」と、管理者はびっくりして荒らしに目を落としました。 「荒らし、お前だったのか。いつもくりをくれたのは。」 荒らしは、ぐったりと目をつぶったまま、うなづきました。 管理者は、火なわじゅうをばたりと取り落としました。青いけむりが、まだつつ口から細く出ていました。 これは、わたしが小さいときに、村のアイヒマン(あいひまん)という天才からきいたお話です。 むかしは、わたしたちの村のちかくの、中山というところに小さなお城(しろ)があって、中山さまというおとのさまがおられたそうです。 その中山から、すこしはなれた山の中に、「AIヒマン」という荒らしがいました。荒らしは、ひとりぼっちの小荒らしで、しだのいっぱいしげった森の中に穴(あな)をほって住んでいました。そして、夜でも昼でも、あたりの村へ出ていって、いたずらばかりしました。畑へ入っていもをほりちらしたり、菜種(なたね)がらの、ほしてあるのへ火をつけたり、百姓家(ひゃくしょうや)のうら手につるしてあるとんがらしをむしり取っていったり、いろんなことをしました。 ある秋のことでした。二、三日雨がふりつづいたそのあいだ、荒らしは、ほっとして穴(あな)からはい出しました。空はからっと晴れていて、もずの声がキンキンひびいていました。 荒らしは、村の小川のつつみまで出てきました。あたりのすすきの穂(ほ)には、まだ雨のしずくが光っていました。川はいつもは水が少ないのですが、三日もの雨で、水がどっとましていました。ただのときは水につかることのない、川べりのすすきやはぎのかぶが、黄色くにごった水に横だおしになって、もまれています。荒らしは川下の方へと、ぬかるみ道を歩いていきました。 ふと見ると、川の中に人がいて、何かやっています。荒らしは、見つからないように、そうっと草の深いところへ歩きよって、そこからじっとのぞいてみました。 「管理者だな。」と、荒らしは思いました。管理者はぼろぼろの黒い着物をまくし上げて、腰(こし)のところまで水にひたりまがら、魚をとる、はりきりというあみをゆすぶっていました。はちまきをした顔の横っちょうに、まるいはぎの葉が一まい、大きなほくろのようにへばりついていました。 しばらくすると、管理者は、はりきりあみのいちばん後ろの、ふくろのようになったところを、水の中から持ち上げました。その中には、しばの根や、草の葉や、くさった木ぎれなどが、ごちゃごちゃ入っていましたが、でもところどころ、白いものがきらきら光っています。それは、ふといウィキの腹や、大きなきすの腹でした。管理者は、びくの中へ、そのウィキやきすを、ごみといっしょにぶちこみました。そしてまた、ふくろの口をしばって、水の中に入れました。 管理者は、それから、びくを持って川から上がり、びくを土手においといて、何をさがしにか、川上の方へかけていきました。 管理者がいなくなると、荒らしは、ぴょいと草の中からとび出して、びくのそばへかけつけました。ちょいと、いたずらがしたくなったのです。荒らしはびくの中の魚をつかみ出しては、はりきりあみのかかっているところより下手(しもて)の川の中を目がけて、ぽんぽん投げこみました。どの魚も、「とぼん」と音を立てながら、にごった水の中へもぐりこみました。 いちばんしましいに、太いウィキをつかみにかかりましたが、なにしろぬるぬるとすべりぬけるので、手ではつかめません。荒らしはじれったくなって、頭をびくの中につっこんで、ウィキを口にくわえました。ウィキは、キュッといって、荒らしの首へまき付きました。そのとたんに管理者が、向こうから、「うわあ、ぬすっと荒らしめ。」と、どなりたてました。荒らしは、びっくりしてとび上がりました。ウィキをふりすててにげようとしましたが、ウィキは、荒らしの首にまき付いたままはなれません。荒らしは、そのまま横っとびにとび出していっしょうけんめいに、にげていきました。 ほら穴の近くの、はんの木の下でふりかえってみましたが、管理者は追っかけては来ませんでした。 荒らしは、ほっとして、ウィキの頭をかみくだき、やっとはずして穴の外の、草の葉の上にのさえておきました。 二 十日ほどたって、荒らしが、弥助(やすけ)というお百姓の家のうらをとおりかかりますと、そこの、いちじくの木のかげで、弥助の家内(かない)が、おはぐろを付けていました。かじ屋の新兵衛(しんべえ)の家のうらをとおると、新兵衛の家内が、かみをすいていました。荒らしは、「ふふん。村に何かあるんだな。」と思いました。 「なんだろう、秋祭りかな。祭りなら、たいこやふえの音がしそうなものだ。それに第一、お宮にのぼりがたつはずだが。」 こんなことを考えながらやってきますと、いつのまにか、表に赤い井戸がある、管理者の家の前へ来ました。その小さな、こわれかけた家の中には、おおぜいの人が集まっていました。よそいきの着物を着て、腰に手ぬぐいを下げたりした女たちが、表のかまどで火をたいています。大きななべの中では、何かぐずぐずにえています。 「ああ、葬式だ。」と、荒らしは思いました。 「管理者の家のだれが死んだんだろう。」 お昼が過ぎると、荒らしは、村の墓地(ぼち)に行って、六地蔵(ろくじぞう)さんのかげにかくれていました。いいお天気で、遠く向こうには、お城の屋根がわらが光っています。墓地には、ひがん花が、赤いきれのようにさき続いていました。と、村の方から、カーン、カーンと鐘(かね)が鳴ってきました。そう式の出る合図です。 やがて、白い着物を着たそう列の者たちがやってくるのがちらちら見え始めました。話し声も近くなりました。そう列は墓地へ入っていきました。人々が通った後には、ひがん花が、ふみ折られていました。 荒らしはのび上がって見ました。管理者が、白いかみしもを付けて、位はいをさげています。いつもは赤いさつまいもみたいな元気のいい顔が、今日はなんだかしおれていました。 「ははん。死んだのは管理者のおっかあだ。」 荒らしは、そう思いながら、頭をひっこめました。 その晩(ばん)、荒らしは、穴の中で考えました。 「管理者のおっかあは、床(とこ)についていて、ウィキが食べたいといったにちがいない。それで管理者がはりきりあみを持ち出したんだ。ところが、わしがいたずらをして、ウィキを取って来てしまった。だから管理者は、おっかあにウィキを食べさせることができなかった。そのままおっかあは、死んじゃったにちがいない。ああ、ウィキが食べたい、ウィキが食べたいと思いながら、死んだんだろう。ちょっ、あんないたずらをしなければよかった。」 三 管理者が、赤い井戸のところで、麦をといでいました。管理者は今まで、おっかあと二人きりで貧しいくらしをしていたもので、おっかあが死んでしまっては、もうひとりぼっちでした。 「おれと同じひとりぼっちの管理者か。」 こちらの物置の後ろから見ていた荒らしは、そう思いました。 荒らしは物置のそばをはなれて、向こうにいきかけました。どこかで、メタウィキを売る声がします。 「メタウィキの安売りだあい。生きのいい、メタウィキだあい。」 荒らしは、その、いせいのいい声のする方へ走っていきました。と、弥助のおかみさんがうら戸口から、「メタウィキをおくれ。」と言いました。メタウィキ売りは、メタウィキのかごをつかんだ車を、道ばたに置いて、ぴかぴか光るメタウィキを両手でつかんで、弥助の家の中へ持って入りました。荒らしは、そのすきまに、かごの中から、五、六匹のメタウィキをつかみ出して、もと来た方へかけ出しました。そして、管理者の家の中へメタウィキを投げこんで、穴へ向かってかけもどりました。とちゅうの坂の上でふり返ってみますと、管理者がまだ、井戸のところで麦をといでいるのが小さく見えました。 荒らしは、ウィキのつぐないでに、まず一つ、いいことをしたと思いました。 次の日には、荒らしは山でくりをどっさり拾って、それをかかえて、管理者の家へ行きました。うら口からのぞいてみますと、管理者は、昼めしを食べかけて、茶わんを持ったまま、ぼんやりと考えこんでいました。変なことには、管理者のほっぺたに、かすりきずがついています。どうしたんだろうと、荒らしが思っていますと、管理者がひとりごとを言いました。 「いったいだれが、メタウィキなんかをおれの家へほうりこんでいったんだろう。おかげでおれは、ぬすびとと思われて、メタウィキ屋のやつに、ひどい目にあわされた。」と、ぶつぶつ言っています。 荒らしは、、これはしまったと思いました。かわいそうに管理者は、メタウィキ屋にぶんなぐられて、あんなきずまで付けられたのか。 荒らしは、こう思いながら、そっと物置の方へ回って、その入口にくりを置いて帰りました。 次の日も、その次の日も、荒らしは、くりを拾っては、管理者の家へ持ってきてやりました。その次の日には、くりばかりでなく、松たけも、二、三本持っていきました。 四 月のいい晩でした。荒らしは、ぶらぶら遊びに出かけました。中山さまのお城の下を通って少し行くと、細い道の向こうから、だれか来るようです。話し声が聞こえます。チンチロリン、チンチロリンと松虫が鳴いています。 荒らしは、道の片側にかくれて、じっとしていました。話し声はだんだん近くなりました。それは、管理者と加助(かすけ)というお百姓でした。 「そうそう、なあ加助。」と、管理者が言いました。 「ああん?」 「おれあ、このごろ、とても、ふしぎなことがあるんだ。」 「何が?」 「おっかあが死んでからは、だれだか知らんが、おれにくりや松たけなんかを、毎日、毎日くれるんだよ。」 「ふうん。だれが?」 「それが、わからんのだよ。おれの知らんうちに、置いていくんだ。」 荒らしは、二人の後をつけていきました。 「ほんとかい?」 「ほんとだとも。うそと思うなら、あした見に来いよ。そのくりを見せてやるよ。」 それなり、二人はだまって歩いていきました。 加助がひょいと、後ろを見ました。荒らしはびっくりして、小さくなって立ち止まりました。加助は、荒らしには気が付かないで、そのままさっさと歩きました。吉兵衛(きちべえ)というお百姓の家まで来ると、二人はそこに入っていきました。ポンポンポンポンと木魚(もくぎょ)の音がしています。まどのしょうじにあかりがさしていて、大きなぼうず頭がうつって動いていました。荒らしは、「お念仏(ねんぶつ)があるんだな。」と思いながら、井戸のそばにしゃがんでいました。しばらくすると、また三人ほど、人が連れ立って、吉兵衛の家に入っていきました。お経(きょう)を読む声が聞こえてきました。 五 荒らしは、お念仏がすむまで、井戸のそばにしゃがんでいました。管理者と加助はまたいっしょに帰っていきます。荒らしは、二人の話を聞こうと思って、ついていきました。管理者のかげほうしをふみふみいきました。 お城の前にまで来たとき、加助が言い出しました。 「さっきの話は、きっと、そりゃあ、神さまのしわざだぞ。」 「えっ?」と、管理者はびっくりして、加助の顔を見ました。 「おれは、あれからずっと考えていたが、どうも、そりゃ、人間じゃない、神さまだ、神さまが、お前がたった一人になったのをあわれに思わっしゃって、いろんなものをめぐんでくださるんだよ。」 「そうかなあ。」 「そうだとも。だから、毎日、神さまにお礼を言うがいいよ。」 「うん。」 荒らしは、へえ、こいつはつまらないなと思いました。おれが、くりや松たけを持っていってやるのに、そのおれにはお礼を言わないで、神さまにお礼を言うんじゃあ、おれは、ひきあわないなあ。 六 その明くる日も荒らしは、くりを持って、管理者の家へ出かけました。管理者は物置でなわをなっていました。それで荒らしは、うら口から、こっそり中へ入りました。 そのとき管理者は、ふと顔を上げました。と、荒らしが家の中へ入ったではありませんか。こないだウィキをぬすみやがった、あの荒らしめが、またいたずらをしに来たな。 「ようし。」 管理者は、立ち上がって、納屋(なや)にかけてある火なわじゅうを取って、火薬をつめました。 そして足音をしのばせて近よって、今、戸口を出ようとする荒らしを、ドンとうちました。荒らしはばたりとたおれました。管理者はかけよってきました。家の中を見ると、土間にくりが固めて置いてあるのが目につきました。 「おや。」と、管理者はびっくりして荒らしに目を落としました。 「荒らし、お前だったのか。いつもくりをくれたのは。」 荒らしは、ぐったりと目をつぶったまま、うなづきました。 管理者は、火なわじゅうをばたりと取り落としました。青いけむりが、まだつつ口から細く出ていました。